FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第77章

第1403回

「もう、忘れました」ヴィトールドは優しく言った。しかし、その口調からは、『その話をしないで欲しい』というはっきりとした意思が読みとれた。
 リオネルはそれをあえて無視して続けた。「コンラッドは、戦争で二人の兄をフランス人に殺されている。それ以来、彼は軍人を憎んでいる」
「ひょっとすると、ぼくがその殺人者かも知れません」ヴィトールドは言った。「彼はドイツ人なんですね?」
「亡命ドイツ人だ。戦争反対を叫んでドイツを追放された元社会主義者だ」
「社会主義者? 社会主義者がまだスイスに残っているのですか?」
「まだ、とは・・・?」
「社会主義者たちは、みな、ドイツに戻ったと思っていましたよ。今、ドイツは大変だそうですね」
「コンラッドは、もう、社会主義者ではないよ。彼は、ただの小説家だ」
 ヴィトールドは考え込んだ。
「ねえ、ギュスターヴ」リオネルは沈黙を破った。「きみは、一つだけわたしに隠しごとをしていたね。どうして事前に言ってくれなかったの?」
「軍人だったことですか?」
「きみがシャルロットを愛していることをだ」
 ヴィトールドはほほえむのをやめた。
「同じ屋根の下で、同じ女性を愛している二人の小説家たち・・・こんな馬鹿げた喜劇的状況になる前に、ぼくはこの状況に介入すべきだった」
「ここに住むように言ったのは、シャルロットです」
「もともと、シャルロットをここに連れてきたのはロジェだ」
 ヴィトールドは首を横に振った。「ロジェに頼んで、かの女をここに連れてこさせたのはぼくです」
 リオネルは一瞬言葉を失った。
「ロジェがかの女を愛していることは知っています」ヴィトールドはそう続けた。「そして、かの女の気持ちが、誰の方に向いているかもね」
 リオネルは視線をそらした。「その通り。ロジェはかの女を愛している。今のところ、彼はかの女のガーディアン=エンジェルだ。まだ危機的状況にはなっていない。彼は、かの女を守ろうと思っているし、自分の本当の気持ちを封印するだけの余裕がある。彼は、かの女をコルネリウスに渡すまで守りきろうと思っているし、彼ならばきっとそうできる。わたしは、そう思っていた」
 ヴィトールドは彼を見つめた。彼の《思っていた》という言葉にこもった響きに反応したためだ。
「それも、昨夜までのことだ。夕べ、わたしは気づいてしまった。この状況に生じた小さな亀裂に。きみは、彼らの仲に亀裂を生み出す存在だ。彼らの中でかろうじて保たれていたバランスが、今、大きく崩れようとしている。きみは、彼の心の中をかき乱した。いずれ、シュリーも苦しむことになるだろう。きみにここから出て行けと言う権利はわたしにはない。だが、こうなった以上、行動に気をつけたまえ。きみ自身が苦しまないために」
 ヴィトールドはうなずいた。彼が言いたいことはわかった。ロジェとシャルロットの友人として、彼は二人を苦しめたくはないのだ。
 そう言うと、リオネルは部屋を出た。彼は、2階のロジェの部屋にまっすぐに向かった。ロジェの部屋へは、案内なしでも行けたから、一度ホールまで出なかったのである。
 一方、ヴィトールドの方も部屋から出て、自分の寝室に戻った。着替えをするためである。
 リオネルは、ロジェの部屋に行った。ロジェが自分の仕事をする時間ではないことを知っていたからだ。その時間は、彼は書斎で本を読んでいるか、バルコニーから外を眺めているか、その両方かである。そして、リオネルが部屋に入ったとき、彼はひなたで本を読んでいた。
「やあ、ロジェ」リオネルはそう言いながら、彼に茶色の大きな封筒を手渡した。
 ロジェは中を開けた。いつものように、新人作家の原稿が中に入っていた。彼は中に入り、机の上に原稿をひろげた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ