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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第78章

第1416回

 その数日後、シャルロットが乗馬から戻ってきたとき、茶色の大きな封筒を手にして外出しようとしているヴィトールドとすれ違った。
「あら? もうお出かけなの?」シャルロットは興奮さめやらぬ顔で訊ねた。
「小説が完成してね」ヴィトールドも心なしかうれしそうだった。「これから、リヴィエールのところにこれを持っていこうと思うんだ。その前に、きみに会えてよかった」
 シャルロットは首をかしげた。
「このまえ、きみに、オート=サン=ミシェルの海のことを聞いたよね。あの海のことをどう思うか、ってきいたら、きみはこう答えたよね。『冬の海は灰色に見える。冬の海は寂しく、悲しみ色をしている』と」
 シャルロットはうなずいた。
「ぼくの6番目の小説のタイトルを<灰色の海>と名付けていいかどうか、きみに聞いておきたいと思ってね」
「どうぞ。あなたの小説でしょう?」シャルロットはもう一度首をかしげた。「わたしに聞く必要はないと思うんだけど・・・」
「だが、命名者はきみなんでね」
 シャルロットは真面目に答えた。「もし、タイトルに命名権というものがあるのなら、わたしはその権利を放棄するわ。あなたの小説なんだから、<灰色の海>でも<悲しみの海>でもお好きなように命名するといいわ」
「ありがとう。早ければ、6月号からの連載になるな」
 そう言うと、彼は軽い足取りで出て行った。
 ヴィトールドは、その足で向かったのが<カフェ=ヴァンドルディ>だった。リヴィエールことドクトゥール=デルカッセは、仕事とプライヴェートをはっきりと分けていた。彼は、自宅(兼病院)で、小説に関することを一切しない。自宅に来る人間は、親しい友達を除いては患者のみである。どこも悪くない人間と自宅で会うことは絶対と言っていいほどない。そのかわり、彼は何があっても毎日カフェに顔を出した。もちろん、金曜日を除いてであるが。郵送されてくる原稿以外の原稿は、彼はそこで受け取ることにしていたからだ。雑誌の編集は、彼とロジェの共同作業だったが、原稿を受け付けるのは主に彼の仕事だった。だからこそ、ヴィトールドもロジェと同居しているのにもかかわらず、原稿をロジェではなくリオネルに手渡そうとしていたのである。
 彼は、約3ヶ月ぶりでカフェに入った。そこに来るのは、アントーニ=モジェレフスキーとの約束以来のことだった。彼は、アントーニとマウゴジャータのために、カフェには来ないようにしていたのである。しかし、原稿を郵送する気にはなれなかった。彼は、マウゴジャータがいないことを祈りながらカフェに入った。
 一方、シャルロットとロジェは一緒に夕食をすませたあと、それぞれがいったん部屋に戻った。ロジェは外出しなかった。なぜならば、彼はカフェから戻ってきたヴィトールドと打ち合わせをする約束をしていたからである。彼は自室で本を読みながら待とうと思ったらしかった。一方、シャルロットはホールのソファに座ってヴィトールドの帰りを待っていた。かの女は、レースのテーブルクロスを編みはじめたところだった。
 やがて、玄関の大時計が9時を告げた。残響が消えようとしているところにロジェが顔を出した。
「・・・まだなのか?」ロジェはシャルロットに声をかけた。
 シャルロットは不安そうに立ちあがった。「きっと、何かあったんだわ」
 シャルロットのその表情を見て、ロジェは優しく言った。「大丈夫だよ、シュリー。ヴィトールドだって、たまには道草を食うことだってあるさ」
 そう言いながら、ロジェはソファに座った。シャルロットもそれを見て、もう一度座り直した。しかし、今度はレース編みには手を触れなかった。
「彼が約束を守らないなんてあり得ないわ。守らないのは、守れないような事情ができたからよ」シャルロットが言った。「もしかして、喧嘩して病院に運ばれたとか、車にはねられたとか・・・」
「彼は元軍人だ。喧嘩に弱いなんてことはないだろう」ロジェは冗談めいた口調で言った。シャルロットを安心させたかった。
「彼に負ける人がいるなんて、考えられないわ」シャルロットは否定した。
「簡単に喧嘩に負けるようなやつを、将軍に抜擢しようとは思わないだろう?」
 シャルロットは首を振った。「それ以前に、彼は喧嘩はしないわ。彼は暴力は使わないって約束してくれたんだもの」
「暴力か・・・」ロジェがつぶやいた。
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