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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第78章

第1417回

 しばらく考え込んだあと、ロジェは言った。
「それがどういう種類の暴力かは人によって違うが、男性には、必ず一度は戦いを挑むときがある。場合によっては、負けるとわかっている戦いをしなければならないこともある。男性は、愛する人---恋人か妻か子どもか・・・は人によるだろうが---を守るために、そうしなければならないんだ」
 シャルロットは反論しようとしかけた。しかし、ロジェはそれを遮った。
「わたしは部屋に戻る。彼には、部屋で待っていると伝えて欲しい」そして、彼は立ちあがった。
 ロジェの後ろ姿を見送ったあとで、シャルロットも立ちあがった。
 何か悪い予感がする。その内容はよくわからないが、これから何か悪いことが待ち受けている、とかの女の心のどこかで警報が鳴っている。かの女は、この場に留まりたくなかった。
 かの女は、呼び鈴を鳴らした。そして、やってきたエルネスト=シュミットに言った。
「ヴィトールドが戻ったら、ロジェの部屋に行くようにと伝えて」
「はい、お嬢さま」執事はそう答え、玄関の方に歩き出した。
 シャルロットは一番近い階段に向かった。かの女の足は、自分の部屋ではなく、ヴィトールドの書斎へと向かっていた。なぜそうしているのか、自分でもよくわからなかった。ただ、本能が導くままかの女は歩いていた。
 書斎には鍵がかけられていなかった。家のすべての鍵は執事が管理しており、シャルロットはその鍵を家の各人に手渡さないようきつく言い渡している。だから、どの部屋にも、外から鍵がかけられない。ただし、どの部屋も内部に鍵がついており、その鍵を使用することに制限は設けていないので、各人のプライヴァシーは守られている。留守のときに他人に入って欲しくないときには、ドアノブにかけられている札を<入らないで下さい>にしておけば良かった。これまで、それで不都合なことが起こったことは一度もない。シャルロットは、クラリスの部屋を突き止めて以来、すべての部屋の鍵を開けることにしたのである。
 さて、ヴィトールドの書斎のドアの札は反対側を向いていた。つまり、使ってもいいということだ。ヴィトールドもシャルロットもロジェも、原則として自分に割り当てられた書斎をオープンにしていた。というのは、書斎に付随する書庫に自由に入れるようにするためだ。この家には、図書室にあたる部屋がない。そのかわり、4つある書斎の隣の部屋に、本が少しずつ収められていた。ヴィトールドの書斎の隣の部屋にあるのは主に辞書だったので、シャルロットとロジェもときどきその部屋を利用していた。部屋から出るときに、<書庫を使いました>という置き手紙をするだけで、留守中に中に入ることは珍しくはなかったのである。
 この日、書斎の中はいつもと違っていた。いつもはほとんど私物を置かないヴィトールドが、机の上に原稿を置きっぱなしにしていた。そして、積み重なった紙の束の一番上に、なぜか古びたプティ=ラルース百科事典が乗せてあった。
 シャルロットは、その本を見て、思わずくすくすと笑った。その本は良く覚えている。それは、小さい頃のかの女の<愛読書>だった。かの女は、ゆりかごにその辞書を入れてもらい、暇さえあるとそれを眺めていた。かの女は、アルファベットをおぼえたあとは、挿絵だけではなく、本文も読んでいたのだが、当時は言葉が読めてもその意味が完全にわかったわけではない。それでも、文字を眺めているのが楽しかった。そこで知った言葉を口にしたときの大人たちの反応を見るのが楽しかった。
 エデンの園、とオーギュストは言った。確かに、あのゆりかごの中は天国だった。世界は輝いていて、みんな自分に優しかった。誰もが自分にほほえみかけているようだった。
 シャルロットは、涙ぐんでその百科事典を見つめた。ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーも、アレクサンドリーヌ夫人も、母のクラリスも、全員この世の人ではないなんて・・・!
 かの女は本を手にした。そのとき、本の下から何かが落ちた。かの女はそれを拾い上げようとして驚いた。
 押し花だ。もうしおれてしまったヒナギクの花。
 シャルロットは、その花に心当たりがある。そうだ、ミュラーユリュードを離れるとき、彼にプレゼントしたあの一輪の花だ。花言葉は、<希望>。シャルロットは、いずれ戦場に戻る彼のために、希望を置いて去ったのだ。そして、彼は無事に帰ってきた。
 だけど、どうして彼はこの花を・・・?
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