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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第78章

第1418回

 かの女は、辞書を元に戻そうとした。そのとき、ヴィトールドの几帳面な字が目に入った。その小説には見覚えがなかった。今度の新作の続きだろうか?
 シャルロットは原稿をのぞき込んだ。それは、手紙だった。しかも、ラヴ=レターだ。彼は、レギーナという女性に宛てて手紙を書いていた。
《レギーナって、いったい誰?》シャルロットは首をひねった。かの女の知る人で、レギーナという名前の女性は一人もいない。それでは、彼のポーランド時代の友人?
 かの女は、さっと顔を引っ込めた。他人の手紙を読むのはいいこととは言えない。しかも、これはラヴ=レターだ。
 しかし、好奇心が首をもたげた。いくらヴィトールドでも、原稿用紙にラヴ=レターを書くとは思えない。どんな女性であっても、原稿用紙に書いたラヴ=レターに心を動かされるとはとても思えない。ということは、これは、新しい小説の一部だ。レギーナというのは、そのヒロインに違いない。
 シャルロットはもう一度原稿用紙に近づいた。そして、その手紙に目を通した。幼なじみにあてた長い手紙。その手紙のあとの文章を読み、かの女はそれが小説の一部であると確認できた。それを読んだレギーナの反応が続いていたのだ。

レギーナは、ヴィクトールにこう返事した。『わたしには、ずっと好きだった人がいます。たとえ、彼がわたしを好きにならなかったとしても、わたしは彼だけを愛すると誓いました。あなたには、希望はありません』それを聞いたヴィクトールは・・・

 シャルロットは顔を上げた。ヴィクトールの返事は聞かなくてもわかっていた。ヴィクトール---いや、ヴィトールドが自分のことを諦めるつもりがないことはわかっている。たとえ、シャルロットが一生コルネリウスだけを愛したとしても、ヴィトールドの気持ちが変わるとは思えなかった。
 その証拠が、このヒナギクの花だ。
 シャルロットは原稿を元に戻し、その上に押し花を乗せたあと、元のように辞書を置いた。
 そして、近くにあった原稿用紙に、こう書いて辞書にはさんだ。

希望は持たないで。そのほうが、あなたのためなのよ。R

 シャルロットはちいさくため息をついた。こんなことをしても無駄なことはわかっている。少なくても、小説の中では、レギーナとヴィクトールは結ばれるだろう。もし、そうでなかったとしたら、主人公の名前をあえて勝利(ヴィクトール)とは名付けなかっただろう。そのあたりが、決してハッピーエンドの小説を書かないロジェとは一線を画しているように思えた。ヴィトールドは、<勝ち目のない勝負>にいどんでいた。しかし、彼はその勝負に勝つつもりだ。
「そうよ。わたしは、彼にはっきり言わなくてはならないんだわ。自分が誰を愛しているのかを。彼には希望がないのだということを」シャルロットは声に出してつぶやいた。
 かの女は書斎から出た。そして、まっすぐに玄関へ降りていった。
 シャルロットが驚いたことに、ロジェはソファに戻ってきていた。
 かの女が彼に声をかけようとしたとき、大時計が10時を告げた。
 残響が消えたときになって初めて、ロジェはシャルロットが思いがけない方向からやってきたことに気づいた。かの女は、ロジェに会釈したが足を止めようとはしなかった。
「シュリー?」ロジェが声をかけた。
「庭に出て考え事をしてくるわ」シャルロットが言った。
「この寒いのに、かい?」ロジェはびっくりして訊ねた。
「頭を冷やすのにはちょうどいいと思うの」
 ロジェは何も言わなかった。
「風邪をひかないうちに戻ってくるわ」シャルロットはそう言うと、玄関のドアを開けた。
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