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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第78章

第1419回

 レマン湖の方から冷たい風が吹いてきた。かの女は体を縮め、風に背を向けた。足は中庭の方に向いていた。庭には、古いベンチがある。そこに座り、考え事がしたかった。
 そのベンチは、大きな石で作られていた。座りやすいようにと、何度か表面が平らになるように手を加えているようだ。だが、石自体はずっと昔からそこに存在した。かの女の両親は、恐らくそこに座ったことがあるだろう。その両親も、そのまた両親も・・・。石はそこで、ド=ルージュヴィル家の人々を黙って迎え入れていたはずだ。彼らは、そこに座って何を思ったのだろう。人々は何百年に渡って、そこで暮らし、石はその歴史を知っている。おそらく、この石はこれからもここで、かの女の子孫たちを見つめ続けるだろう・・・。いずれは、自分の子どもや孫たちもここに座ることになるだろう。自分は去るが、石はこれからも何百年もの間生き続けることだろう。
 人間の一生なんて、短くてつまらないものに過ぎない。石にとってはそうなのだろう。
 シャルロットは、いずれここに座る人間のことをぼんやりと思っていた。本来は赤毛の子どもたちが庭を駆け回る姿が思い浮かぶはずだ。しかし、かの女の想像の中では、子どもたちの髪の色は皆ブロンドだった。自分に---いや、ヴィトールドにそっくりな子どもたち。聡明で、しかも頑固な表情を浮かべた小さなヴィトールドたち。そして、それを見つめる優しいブルーの目・・・。
 かの女は首を振った。なぜ、そんなことを思ったのだろう? ここで遊ぶのは、彼らではないはずなのに・・・。子どもたちの父親がヴィトールドであるはずはないのに・・・。
 そうだ。自分は今、ヴィトールドのことを心配しているから、彼のことを考えてしまっただけだ。彼は、今ごろ、どこかでこうやって風に当たっている。どこかで寒さに震えている。しかし、なぜ帰ってこないのだ?
 そのとき、頭の中に思い浮かんだのは、やさしいカンティレーナのメロディーだった。それは、エドゥワール=ロジェのト短調のピアノクィンテットの第二楽章のメロディーであった。
『音楽評論家の一人は、《このカンティレーナは、同じ名を持つあらゆる楽曲の女王の名に値する》と評したそうだね』リオネル=デルカッセがそう言っていた。彼は、その曲を聞きたくて、弦楽四重奏団を招いたのだ。しかし、その弦楽四重奏団は・・・。
 かの女の脳裏に浮かんだのは、第二ヴァイオリン奏者のレオン=ステファンスキーだった。彼はしかめっ面をしながらこう言った。『この女性は、あのピアニストのものなんだからね』・・・。どうして、彼は、自分がヴィトールドを愛しているのだと思いこんだのだろうか? 逆ならわかる。帰ってきて以来、ヴィトールドはことあるごとに自分に愛を告白し続けている。ザレスキー家のリーダーとしては不適切な発言であるにもかかわらず・・・。
 ザレスキー家のリーダー・・・?
 シャルロットは、いつの間にか、彼がザレスキー家の中心人物であることを忘れてしまっていた。彼は、何年も続く<音楽一家>の頂点に立つ人間になるべくこの世に生を受け、音楽があふれる家で、音楽家になるべく育てられた。彼は伯爵家の人間にふさわしい教養を身につけることではなく、すばらしい音楽家になることのみを強制されたのである。祖父のアファナーシイの言葉によると、小さい頃の彼は素直な性格だった。ただ一人になってしまった肉親の愛情を得るため、彼は努力を怠らなかった。たとえ、好きでない音楽の勉強さえ、彼は祖父の笑顔が見たいからというただそれだけの理由から懸命に打ち込んだ。しかし、12のまなざしから守られるべき少年をただ一人で育てなければならなくなった人間は、少年を決して甘やかさなかった。それが本来の気質ではなかったにもかかわらず・・・。ある日、少年は、ほんの些細なことから祖父と口論し、そのまま家を飛び出していった。そして、それ以来、彼らは再会することはなかった。祖父の方は孫を心配し続け、孫の方は和解を拒み続けている。
 たぶん、本当は、祖父の腕の中に飛び込んでいきたいはずなのに。
 シャルロットはため息をついた。ヴィトールドは、頑固な性格だ。一度思いこんだら、自分の意志を貫くだろう。今度のこともそうだ。本来なら、ザレスキー・フランショーム両家にとって長い間の懸案事項であったはずの難問に対し、唯一の解決策だと思われる方法を、自らの手でぶちこわすつもりだ。
 誰もが、自分とコルネリウスが結婚することが正しいと思っているはずなのに。本来なら、ザレスキー一族の当主である彼が、率先してその結婚を推進しなければならないはずなのに。
 シャルロットは立ちあがった。何もかも耐えられなかった。自分の周りのことも、この寒さも。
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