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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第78章

第1420回

 シャルロットは家の中に入った。ロジェはもうそこにはいなかった。かの女は、まだぬくもりが残っているソファに座った。あれからもう何分たっただろうか? 時計は11時近い時間を差していた。
 静かなホールに、時計の振り子の音がいつもよりも大きく反響していた。振り子の音って、こんなに大きなものだったかしら? そして、振り子って、こんなにゆっくり動いていたのかしら・・・?
 どのくらいの時間、振り子をぼんやり見つめていたのかはわからない。時計が11時を告げたことも良く覚えていない。たぶん、眠ってしまっていたのだろう、とかの女は思った。
 気がついたとき、玄関のドアが大きく開かれていた。そして、永遠とも思われるくらい長い時間のあと、ヴィトールドはゆっくりとした足取りで、いや、ふらふらしながら、ソファに向かって一歩踏み出した。
「トールディ!」シャルロットは、心配のあまり、夢中になって彼の元に駆け寄りながら叫んだ。
 彼はドアから手をはなした。そして、2~3歩歩き、体のバランスを失って大きく前に揺れたかと思った瞬間、よろめいてその場に倒れた。シャルロットは彼を抱き起こそうとかがみ込み、そのときになって、彼の異常な態度の原因がわかった。かの女は、手を引っ込め、後ずさりした。
「ティーニャ・・・?」ヴィトールドが不明瞭な声を出した。
「・・・トールディ・・・あなた、まさか・・・?」シャルロットもかすれた声で言った。続きは言葉にならなかった。ヴィトールドは、決して口にしないと言っていたはずのアルコールを飲んでいた。彼がきちんと歩けなかったのはそのためだった。しかし、彼の決心を鈍らせてしまうようなどんなできごとが彼に起こったというのだ?
 シャルロットは玄関のドアを閉めた。そのあとで、かの女はヴィトールドを起こし、歩かせるために肩を貸した。ヴィトールドはほとんど全体重をかの女に預けているようだった。かの女は、前に進むためにひどく苦労しなければならなかった。しかし、ヴィトールドには、歩くのに協力するつもりはないようだった。
 シャルロットは、たまりかねてこう言った。
「ねえ、お願いだから、一緒に歩いてちょうだい、トールディ」
 ヴィトールドは首を横に傾け、虚ろなまなざしをかの女に向けた。「もしかすると、ぼくにプロポーズしてくれるのか?」
 その言葉を聞き、シャルロットは真っ赤になって目をそらした。
「光栄なことだ。ぜひお受けしたい。そして、ふたりで一緒に歩いて行こう・・・」そう言いながら、ヴィトールドはかの女に体を寄せた。
 シャルロットはつぶやいた。「違うわ。そういうことじゃないわ・・・」 
「そうだろうね・・・。ぼくは、コルネリウス=ド=ヴェルクルーズという男がうらやましい」ヴィトールドは、やや不明瞭な調子で、かの女の耳元でささやいた。「きみが彼を愛していることはよく知っているつもりだよ。だけど、ぼくだって、6年間、きみを待っていた。男には、時間は短いものだ。いつまでも、が短時間に感じられる。だけど、女のきみにとっては、一年でも永遠になる。女性の美しさは、一時的なものに過ぎない。女は長くは待てないんだよ。ぼくは、きみにとっては頼りない男に見えるかも知れない。でも、ぼくは、きみが幸せになるためだったら、自分の命さえ惜しくないと思っている。きみが望むなら、いますぐにでもこの命を差し出そう・・・。本当に幸せを望んでいるのなら、ぼくと結婚すると言ってくれ」
「そんなこと、できるはずがないでしょう!」シャルロットが言った。
「コルネリウスには、きみを幸せにすることなどできない」
「そんなこと、誰にもわからないわ」シャルロットは言い返した。
「ぼくには、きみしかいないんだ。ティーニャ、きみを愛している。誰にも渡したくない」ヴィトールドが言った。彼は、さっきとは全く違う目の輝きでかの女を見つめていた。彼の目はまっすぐにかの女をとらえていた。
「・・・今日は、だめ。返事できないわ。あなたは、正気じゃない!」シャルロットは、泣き出しそうな声で言った。
 かの女はヴィトールドから離れたかった。彼が嫌いなわけじゃない。いや、正直なところ、今のプロポーズに心がかき乱されていた。もし、彼が酔っていなかったら、かの女は彼の言葉にうなずいたかも知れない。彼の言葉を聞いたとき、かの女の頭からコルネリウスが---たとえほんの一瞬であっても---消え去っていたのは事実だった。この人なら、自分を幸せにしてくれるだろう、シャルロットは本気でそう思った。
 しかし、酔った男の言葉は信じられなかった。
「愛しているんだ」彼の声は不明瞭だった。
「お酒を飲まなくちゃプロポーズできないと言うのは、卑怯なことだわ。わかる?」シャルロットが言った。
 そして、かの女は彼を再び歩かせようとした。
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