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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第8章

第141回

 ピアノの前にいた男は、びっくりしてクラリスの方を見た。その表情には蔑みが見えた。
「・・・作曲科の生徒かい? 古い規則に従っている優等生かな? かわいそうなひとだね・・・」彼の口調には軽蔑が混じっていた。
 クラリスは自分の衝動的な言葉を恥じていた。自分がカフェ中の注目を集めているのに気づき、逃げ出したいと思った。しかし、彼の軽蔑的な言葉を無視することはできなかった。かの女は、まっすぐに顔を上げた。そして、彼から目をそらさなかった。
「ほう!・・・おもしろい。このぼくに挑戦しようって言うんだね?」男はかの女を挑発した。「こっちへおいで、マドモワゼル。理論と規則で、いったい何ができるのか、やって見せてごらん」
 クラリスは彼の自信に満ちた表情を見て、不思議な感じがしていた。この男の自信がどこから来るのか、かの女にはわからなかったのである。
「わたしは、別に、あなたを非難するつもりも、非難したつもりもありません。挑戦するつもりもありません。わたしは、あなたが弾いた和音が、連続5度と連続8度になると正直に言っただけです。わたしが言ったこと、間違っていたかしら? でも、そんなふうに言われたら、その挑戦を受けなければなりません・・・」
 かの女は、ピアノを弾き始めた。さっき男が弾いた<5度とオクターヴの連続>の和音をテーマとして使って・・・。しかし、かの女はそのテーマを<新しい響き>として意外性をあらわすためにだけ使用した。かの女は、あくまでもかの女の流儀で即興演奏を終えた。
 曲が終わってクラリスが立ちあがっても、男は何も言わなかった。
 彼が近づいてきたので、クラリスが言った。
「・・・わたし、どうやら、来るところを間違えたみたいね」
「じゃ、どうして、ここに来たの?」彼が訊ねた。
「エドゥワール=ロジェに会えるかも知れないと思って・・・」
 彼は思わずほほえんだ。「エドは、今日は来ないよ。見かけない顔だけど、彼の友人?」
 クラリスは首を横に振った。「友人の娘よ」
「ぼくは、彼の友達」彼はそう言った。「あなたの曲には、どこかベルナール=ルブランのあとがあると思うけど、メランベルジェ校の生徒?」
「いいえ。でも、メランベルジェもルブランもよく知っています」クラリスが答えた。
「彼らの時代は、もう終わった。これからは、ぼくたちの時代が来る。ぼくは、規則を壊して、そこに新しい規則を作ろうと思っている。考えてもごらん、今の規則だって、前にあった規則を壊してできたものだ。今の規則は、もうおしまいだ。あなたも気づいていると思うけど、今の音楽は行き詰まっている。壊さないと、これ以上前進できないというところまで来ているんだ。だから、壊さなきゃならない。いわば、クー=デターだよね」彼が言った。「あなたはエドに似ている。あなたたちは、変わっている。あなたたちは、ベルナール=ルブランやアンリ=ロランとは違っている。あなたたちは、今の規則の中で極限のことをしようとしている。そして、あなたたちは、前進さえしている。ルブランたちは、規則を守ろうとして、後ろへ、後ろへと下がっているというのにね」
 クラリスは首をかしげた。「ルブランはわかるけど、ロランもそうなの?」
「ぼくは、アンリ=ロランのところのやっかいものさ」彼が言った。「ロランの弟子なら、みんな知ってるよ。いつのまにか、ぼくはロランから離れていたんだ。そんなぼくを助けてくれたのがエドだった。当時ぼくは、がむしゃらに前に進もうとしていた・・・。そして、壁にぶつかった。そのとき、壁を壊さなくちゃ前に進めないことを教えてくれたのがエドだった。それで、ぼくは、壁を壊す決心をした」
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