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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第79章

第1432回

 それは、ル=ヴァンティエーム=シエクルのメンバーであるアントーニ=モジェレフスキーとマウゴジャータ=ザモイスカの結婚式の日のできごとだった。彼らは、友人たちのみでの結婚式を予定していて、教会で式を挙げた後、カフェ=ヴァンドルディでお祝いのパーティを開くということになっていた。シャルロットとロジェも招かれていた。
 その朝はやく、シャルロットは厩舎に呼ばれた。ブランシャールが危篤状態だという。
 白い馬は、骨と皮だけの状態と言っていいほど痩せこけてしまっていた。ここ数日は、水を口に含ませるのでさえやっとだった。誰かが近づくと、どこにそんな気力が残っているのかというくらい激しく威嚇し、誰もそばに寄せ付けなかった。シャルロットがポーランド語で声をかけても、もはや彼にはわからないようだった。ときおり、ヴィトールドの名前に反応を見せることもあったが、そばに近づける状況ではなかった。
 その日、ブランシャールは、シャルロットがやってくると、立ちあがろうとした。その痛々しい姿を見て、シャルロットは恐怖を忘れて馬のそばに寄った。ブランシャールはようやくのことで立ちあがると、優しい茶色の目をシャルロットに向けた。シャルロットは馬のたてがみを優しく撫で、鼻面に顔を近づけた。
 そのとき、ロッシュ=エーグルが後ろでいなないた。普段の彼ならば、シャルロットがほかの馬にそのような態度を取ると怒ったような声を出したものだが、そのいななきは、まるでいたわるかのようだった。彼も友人が心配なのだろう。シャルロットは、ロッシュの優しい声を聞き、ブランシャールに話しかけた。
「ブラン・・・みんな心配しているわ。お願い、元気になって。ヴィトールドが帰ってくるまで、一緒に待っていましょう」シャルロットのポーランド語でのささやきに、ブランシャールはゆっくりと首を振った。「ね、そうしましょう」
 ブランシャールは、涙ぐんでシャルロットにもう一度首を振って見せた。
『ごめんね・・・』まるで彼がそう言ったようにかの女は感じた。
「・・・ブラン・・・?」シャルロットは優しく声をかけた。
 そのとき、馬は突然前足をおってしゃがみこんだ。そして、その姿勢のまま、まるで眠るように息を引き取った。
 ほぼ同時に、ロッシュ=エーグルは、吠えるような声を出して暴れ出した。その様子を見て、ほかの馬たちも動揺したように一斉にいなないた。まるで、友人の死を悼むかのような馬たちの行動に、厩舎の全員が慌てて駆けつけた。
 シャルロットは白馬のそばに座り込んでいた。ゆっくりと馬のたてがみを撫で、涙ぐんでいた。
「ごめんね、ブラン。彼を連れてこなくてごめんね。間に合わなくてごめんね・・・」シャルロットはポーランド語で声をかけ続けた。
 知らせを聞いて駆けつけたロジェは、シャルロットのそんな様子を見て、そのまま馬と一緒にしておく方がよいと判断した。彼は、シャルロットに、自分だけ結婚式に参列すると告げ、その場をあとにしたのである。
 シャルロットは、しばらくそうして泣いていた。
「・・・お嬢さま・・・?」
 シャルロットははっとわれに返った。どのくらいの時間そうしていたのかわからないが、外はもうすっかり明るくなっていた。
 アルベールがそこに立っていた。「ロッシュ=エーグルが、ここから出ようとしません。朝から何も口にしていないんです。どうか、彼のそばに行ってやって下さいませんか?」
 シャルロットは顔を上げた。
「・・・生きている人には、生きている人のつとめがあるんですよ」アルベールは優しくそう言った。
 シャルロットは、彼が何を言いたいのか理解した。彼は自分を慰めようとしているのだ。
「ありがとう、ムッシュー=クレール」シャルロットはそう言いながら立ちあがった。「・・・彼のことはお願いね」
 アルベールはうなずいた。
 シャルロットは、ロッシュ=エーグルのそばに行った。馬は悲しそうな目をして、まるで銅像のように動かなかった。
「あなたも、元気を出さなくちゃだめよ、ロッシュ」シャルロットは馬にポーランド語で声をかけ、たてがみに顔を埋めた。「あなたには、わたしがついているわ」
 馬は耳をぴくぴくと動かし、頭をゆっくりと下げた。シャルロットが一歩下がると、いつものように甘えるように手のひらに鼻を埋め、ようやく一歩前進した。それから、もう一歩。さらにもう一歩。そして、飼葉桶に頭をつっこみ、飼葉を一口くわえて頭を上げた。
「そうよ、ロッシュ」シャルロットが優しく声をかけた。
 そのほほえみを見つめ、馬はようやく食べ物を口にした。
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