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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第8章

第143回

「・・・こんばんは。いえ、初めまして、かしら?」一人の男がクラリスを呼び止めた。彼のフランス語には、ドイツ語のかすかななまりがあった。
 クラリスは振り返った。「・・・こんばんは」
「わたしは、ヘルムート=シャインと申します。よかったら、わたしたちのテーブルにいらっしゃい」
「ヘルムート=シャイン・・・?」クラリスはちょっと考えた。「・・・もしかして、あなたは、ヴァイオリニストのシャインさんじゃないかしら?」
 彼の顔がぱっと輝いた。「御存知でしたか?」
 そう言うと、彼はほほえみを浮かべた。
 クラリスは、シャンベリーで彼の噂を聞いていた。オーケストラの一員として来ていたチェリストのトマシ=ステファンスキーは、彼の作った<多国籍カルテット>の一員だった。ステファンスキーの話によると、リーダーのシャインは、自分から女性に話しかけることは決してないそうである。クラリスはそれを思いだし、彼にとっては、自分は一人前の女性に見えないのだろう、と考えた。かの女は、怒るべきだとも思ったが、好奇心に勝てなかった。
「ご一緒させてください」クラリスは、彼の後についていった。
 そのテーブルには、もう一人男性がいた。その男性もうれしそうな顔でかの女を見た。
「マドモワゼル、ようこそ、ここへ・・・。わたしは、アレキサンダー=ペコー・・・サンディ=ペコーといいます。ヴィオラを弾いています。御存知のことと思いますが、わたしは、あの<シャイン=カルテット>の最重要メンバーです」
 クラリスは、あっけにとられて男を見つめた。
「サンディ! 冗談はほどほどにしないと、初対面の人はびっくりするだろう?」シャインがたしなめた。
「・・・ごめん・・・」そう言うと、ペコーは、かの女にウィンクした。「この人は、真面目すぎると思いませんか?」
 彼のフランス語にも、かすかななまりがあった。
「わたしは、クラリス=ド=ヴェルモンです。クラリスと呼んで下さい」クラリスが二人に言った。
「じゃ、わたしは、サンディと呼んでもらわなくてはね」ペコーが言った。彼は、かの女に座るように身振りで示しながら続けた。「彼は、ヘルムートです。この人には、愛称というのがないんですよ。堅苦しいやつですからね」
 クラリスは、シャインの方を見た。「<シャイン=カルテット>は、確か、メンバーが全員別々の国籍を持っている、と聞いています」
「ええ、そのとおりです」シャインが答えた。「・・・ところで、あなたは、本当にあの人が誰なのかわからなかったの?」
「わたしは、今までパリにいませんでしたから・・・。それに、彼に会うためにここに来たわけじゃありません」
 バローは再びピアノを弾き始めた。
 シャインはピアノの方をちらっと見て言った。「最近ここに来る若い人は、みんな流行を追うようにバローのまねをしたがる。あなたは違ったけど・・・」
 ペコーは瞳を輝かせた。「面白い見物でしたよ。バローと正面切って対決するひとなんて、これまで見たことがありませんでしたからね。ほかの人にも見せたかったなあ・・・」
「まあ、わたしは、見せ物じゃないわ」クラリスが言った。「それに、珍しがられるとは思っていなかったわ。パリも、すっかり変わってしまったのね」
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