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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第80章

第1444回

 7月の半ばに、ロジェにやっとベッドを離れる許可が下りた。ドクトゥール=ロッシェルは、しばらくの間彼に外出を禁じた。ただし、来客を迎えることを許したため、T城は、急ににぎやかになった。時には、ル=ヴァンティエーム=シエクルがそのまま移転したと思われるくらいの来客があり、シャルロットは対応に追われることとなった。
 カフェを訪れる詩人・小説家たちも、酒とタバコを切り離してみると普通の人とどこも変わらない・・・とシャルロットは思った。人によっては、しらふだとまるっきり別人と思うくらい違う人間もいた。シャルロットは、彼らをもてなしながら人間観察を続けていた。
 ヴィトールドは、その仲間には滅多に入らなかった。彼は、日中は執筆を続け、夜になると気分転換をかねてカフェに出かけることが多かった。ただ、ローザンヌ=アルジャ=カルテットのメンバーがしょっちゅう顔を出すようになってからは、アンサンブルにつきあう時間が増えた。彼自身が演奏するのではなく、シャルロットがピアノを弾くのを見ているのである。怪我が治ったアルヌール=リボーが弦楽四重奏団に戻って以来、彼らはシャルロットとアンサンブルをするのが楽しくて、しょっちゅうT城に顔を出すようになったのである。
 シャルロットは、ピアノクィンテットのレパートリーが尽きてきた頃になって初めて、彼らにコラン=ブルームの演奏を頼んだ。ローザンヌ出身のブルームには、何曲か弦楽四重奏曲がある。同じローザンヌの人間として、彼らはそれをレパートリーにすべきだとシャルロットが提案したのである。
 8月に入ってすぐに、シャルロットは2通の手紙を受け取った。対照的な手紙だった。
 一つは、ポーランド時代に兄同様に育てられたフェリックス=ロマノフスキー=ブーランジェが婚約したという知らせだった。相手の女性はフランス人で、パリ音楽院での同級生だという。二人はマルセイユで結婚式を挙げる予定で、日取りなど詳しいことが決まったらまた連絡する、という内容だった。
 もう一つは、いとこのアレクサンドル=ド=ルージュヴィルからの手紙だった。彼は、この夏休みにもローザンヌに行けなくなって申し訳ないとお詫びを書いたあと、行けなくなった理由を説明した。その手紙を読んだシャルロットは愕然とした。アレクサンドル=ド=ルージュヴィルは父方のいとこにあたるフランソワーズ=ド=サックスと婚約していた。そのフランソワーズが亡くなったという知らせだったのである。
 その知らせを聞いたヴィトールドもショックを受けた。ヴィトールドとフランソワーズは、サント=ヴェロニック校で6年間同じクラスだったのである。在学中は、常にトップを争う仲だった。もちろん、ヴィトールドは1位をかの女に明け渡したことは一度もない。そして、フランソワーズは常に2位だった。二人は特に仲が良かったわけでも、悪かったわけでもない。面と向かって一度も言ったことはなかったが、お互いにすばらしいライヴァル同志だと思っていた。ル=グループ=トレーズという秘密組織のメンバーでもあった二人は、仲間でもあったのである。
 フランソワーズは、サント=ヴェロニック校を卒業したあと、パリの師範学校に進んだ。そして、同級生と恋に落ち、卒業したら結婚しようと約束していた。だが、その相手の男性は、戦場から戻ってくることはなかった。終戦のわずかひと月前のできごとだった。そして、フランソワーズは妊娠していた。その事実を知って心を痛めたかの女の曾祖父スタニスラス=ド=ルージュヴィルは、もう一人の曾孫であるスティーヴンに相談した。心優しいスティーヴンは、かの女を見捨てることはできなかった。こうしてスティーヴンはフランソワーズと婚約したのである。ところが、フランソワーズは難産の末死亡した。子どもも助からなかったのだという。スティーヴンは、フランソワーズの喪に服すため、当分の間旅行を控えようと思うと書いてきたのであった。
 シャルロットはいとこと曾祖父に手紙を書いた。返事をよこした曾祖父の手紙には、さらに衝撃的なことが書かれていた。


・・・たぶん、アレックはきみには本当のことを言わないだろうから、わたしの口から真実を話しておく。実は、フランの子どもの父親は、戦死した男ではないらしいのだ。彼が休暇で戻ってきた時期と、フランの出産の時期を考えると、どう考えても計算が合わないものでね。未婚の女性にあまり詳しい説明は避けるが・・・まあ、つまりはそういうことらしい。子どもの本当の父親は、かの女の祖母の弟子だった男性らしい。確か、名前はフリードリッヒ=フリーデマン。ドイツからの留学生で、今、パリでも有名になりつつある男性だ。フランの恋人だった男性は、かの女がドイツ人の子どもを身ごもっていることを知って自殺した、というのが本当のところらしい。公式には、戦死したとされてはいるのだがね・・・。フランがどうして子どもの父親と別れたのかは、今となってはよくわからない。ただ、アレックは、かの女を見捨てることができなかったんだよ。あの性格だからね・・・。そして、アレックは、かの女がほんとうに好きだったんだ。彼は、手紙に書いてきている。『わたしは、祖父や母の教えを実践しようと努力しています。わたしは、母を殺した女性を許しました。ですが、愛する婚約者を死に追いやった男性を許すのには、とてつもない時間と努力が必要な気がします・・・』


 そのくだりを読んで、シャルロットは涙が止まらなかった。
 スティーヴンは、心からフランソワーズを愛していたのだ!
 シャルロットは、アンブロワーズ=ダルベールにあてて、これまで以上にスティーヴンのことを頼むという手紙を書き送った。
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