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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第80章

第1446回

 シャルロットは真っ赤になった。
「たいてい、わたしを訪ねてくる若者は、弟子になりたいとか、自分の作品を聞いて欲しいというような人間だ。100人中ほぼ100人がそうだ」アドルフが言った。「だが、この子はそうではなかった・・・」
「・・・その101人目の人物とは、いったい誰のことですか?」居間のドアが開くのとほぼ同時に顔を出した人物は、その場ではっと息をのんだ。
「フェリックス!」シャルロットは、その声を聞くなりドアに駆け寄り、ひょろっとした若者に抱きついた。
 フェリックスは、いきなり抱きつかれてびっくりしてしりもちをついた。
「・・・ブローニャ・・・なのか・・・?」彼の声はうわずった。「いや、びっくりした・・・」
 彼は、立ちあがりながら、無理に威厳を保とうとした。「そんな子どもっぽいことをする年じゃないだろう、ブローニャ?」
 シャルロットはうれしさのあまり涙ぐんでいた。
「泣くな・・・って。せっかくの美人が台無しだ」フェリックスはポーランド語で優しく声をかけた。そして、かの女をもう一度愛情深く抱きしめたあと、こう言った。「幸せそうだね」
 フェリックスの視線は、シャルロットを飛び越え、見知らぬブロンドの男性の方に向けられた。その表情が一瞬でこわばった。
 シャルロットは、フェリックスの緊張を感じ、一歩下がった。
 二人の若者は、一瞬鋭い視線を交わしたあと、何もなかったかのように無表情になった。
 続いて部屋に入ってきた黒い髪の女性は、部屋の雰囲気に戸惑ったようにドアのところで立ったままだった。
「お入り」アドルフが声をかけた。
 そして、かの女が入ってくると、アドルフが言った。「かの女は、シャルロット=ド=サン=メランだ。エマニュエル=サンフルーリィとクラリス=ド=ヴェルモンの一人娘。ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーの養女。ポーランドではフェリックスの妹として育った女性だ。音楽家であり、小説家でもある」
 そして、シャルロットに訊ねた。「・・・こんな紹介でいいかな?」
 シャルロットはにっこりしてうなずいた。
「そして、ぼくを父に引き合わせてくれた女性だ」フェリックスが付け加えた。「かの女がいなかったら、今のぼくはいなかった」
 そう言いながら、フェリックスはシャルロットの腕を取った。「ぼくの大切な妹だ」
 ヴァークはそれを聞きながらうなずいた。
「・・・そうだ、話が途中だったな」アドルフが言った。「この子がわたしを訪ねてきた理由は、わたしの弟のことを知りたかったからだ。もう40年も前に亡くなった弟のことで誰かが訪ねてくるのも珍しいが、一言もわたしのことを訊ねなかった人間はさらに珍しい。わたしは、そんなぶしつけな問いに答える理由はないと思ったし、もしこの子じゃなかったら、即座に追い出していたことだろう」
 シャルロットはそっと詫びた。「失礼なことをして、申し訳ありませんでした」
「いやいや」アドルフはにやりとした。「あのとき、わたしはこの子を天から降りてきた天使だと思った。天使は、いきなりオルガンを弾き始めた。その短い曲を聞きながら、わたしはいつの間にか泣いていた。演奏が終わったとき、天使が言った。『この曲は、ユージェーヌ=ブーランジェです。そう思いませんか?』・・・確かに。この子は、会ったこともないひとりの若者の人生を曲にしたのだ。それを聞き、わたしはこの子の話につきあった」
「かの女の作曲の才能もなかなかでしょう?」フェリックスが祖父に言った。「何といっても、ぼくと同じ先生についていたんですからね」
 それを聞くと、彼は顔をしかめた。「もし、知っていたら、アンリ=ロランの弟子になんか任せるつもりはなかった」
 シャルロットはにっこりした。この人は、ロランの弟子に今でも悪感情を持ち続けている。メランベルジェの弟子としては珍しくない反応だ。そして、フェリックスがわざと祖父を挑発しているのを見て面白いと思った。二人の仲が良好な証拠だ。
「わたしは、アルマン=リヴィエールの弟子です」シャルロットはあえて言い直した。もちろん、ヤン=クルピンスキーの弟子であったことを誇りに思わなかったことは一度もない。だが、今はそれを口にするときではない。
 そして、その返事を聞いたアドルフは誇らしげにかの女を見つめた。「この子の作曲の腕はなかなかだ。だが、わたしがほんとうに驚いたのは、この子が次に演奏した曲に対してだった。かの女は、弟の作品を交響曲にしたものを演奏したのだ」
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