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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第8章

第144回

「バローは流行なんですよ。わけもわからずに、みんなバローのまねをする。バローの前でピアノを弾いて、彼に認めてもらいたがる。・・・でも、あなたはそうじゃなかった」シャインが言った。
「あなたのようなひとを、待っていたんです。恐らく、バロー自身もね」ペコーが言った。「彼だって、自分のまねばかりされるのはいやだったろうと思うね。あなただけは、彼に、自分の意見をはっきり言えた」
 クラリスは苦笑した。「あれは、違うわ。わたしは、ただ・・・あの和音が5度とオクターヴの連続だと正直に言っただけよ・・・」
「ここには、それさえ言えない人しか集まっていないんだよ」ペコーが言った。「連続5度やオクターヴの連続が禁則だという、ごく初歩的な和声学の基礎さえわからないような連中しか、ね」
 シャインは思わず苦笑した。
「・・・で、本物の作曲家のあなたが、なぜ、こんなところに?」ペコーが訊ねた。
「ここには、エドゥワール=ロジェに会いに来たの」
 ペコーは訊ねた。「彼に会って、どうするつもりだったの?」
「彼って、ムッシュー=ロジェ? それとも、ムッシュー=バロー?」クラリスが不真面目に訊ねかえした。
「これからどうするの? 確か、誰かに作曲を習うとか言っていたと思うんだけど・・・?」シャインが訊ねた。
 クラリスは肩をすくめた。「わたしは、アンリ=ロランに宛てた紹介状を持ってパリに来たの」
 シャインとペコーは顔を見合わせた。
「でも、今まで、気が進まなかったのよ」クラリスが正直に言った。「それで、よく考えたの。ロジェにも相談しようと思った・・・。だけど、答えが出たわ。あした、マルク=アントワーヌ=シモンに会おうと思うの」
「会って弟子にしてもらうつもり? やめたほうがいいよ!」ペコーが言った。
「わたしもそう思う」シャインも言った。
 クラリスは顔をくもらせた。「・・・紹介状を持っていないから、断わられると思う?」
 二人は同時に首を横に振った。
「そういう意味じゃないですよ」シャインが言った。「あなたは、もう自分というものを完成させてしまっている・・・とわたしは思う。これ以上、誰についても、あなたは変わらないんじゃないかしら」
 クラリスは首を横に振った。
「さっき、あなたは、羅針盤を持っていないと言った」シャインが続けた。「しかし、羅針盤がなくても、空に太陽と月と星がある限り、あなたは前に進んでいけると思います」
「太陽と月と星・・・?」クラリスが繰り返した。「それは、何を意味しているの?」
 シャインは首をすくめた。
「でも、人間は変わる。それも真理です」シャインが言った。「だから、あなたが明日になって気が変わらないとも断言できない」
 そう言うと、彼は握手を求めるように手を差し出した。
「もし、気が変わったら、サン=ジャック街の<名なし>というカフェにいらっしゃい。<シャイン=カルテット>が、あなたの門出を祝ってあげましょう」
 クラリスはその手を握りかえした。『そんなことが、あるのかしら?』かの女の顔にはそう書かれているかのようであった。
 かの女は、彼らにさよならを言わずにその場を立ち去った。
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