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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第80章

第1448回

 シャルロットは思った。アドルフの言葉は本心から出たものか、彼の謙虚さから出たものかはわからない。だが、彼の言葉は本質を突いていた。もし、何世紀かあとにブーランジェ一族の名が歴史に残るとすれば、それはユージェーヌ=ブーランジェによってだ。彼の作品だけは、今後も読み継がれていくことだろう。ほかの音楽家たちの名が忘れ去られたとしても、カミーユ=ブールドンだけは決して忘れられることはないだろう。しかし、シャルロットはあえてそれを指摘しなかった。
「・・・そして、何ヶ月かして、この子は論文の写しをわたしにも届けてくれた」アドルフが続けた。「そして、交響曲の楽譜もね。わたしは、弟の記念として、大事にしているよ」
 シャルロットはにっこりとしてうなずいた。
「・・・で、あれを書いたあとで、サヴェルネ家を出たんだってね」アドルフはそう言った。
 シャルロットの表情がくもった。アドルフは、はっとして口をつぐんだ。
 二人の表情を見て、ヴァークが言った。「ジョゼフは、きみに会いたがっているらしい。もっとも、彼はそう認めはしないがね」
「認めていないのなら、本当のところはわからないのでは?」シャルロットが小声で言った。
「彼の顔にそう書いてある」ヴァークはにっこりとした。
 シャルロットはちいさくため息をついた。「サヴェルネ先生は、わたしが音楽家にならないのなら和解に応じる気はないと言い切ったのよ・・・」
「で、音楽家になる気はないんだね?」ヴァークは優しく訊ねた。「・・・だが、わたしが見る限りでは、きみは立派な音楽家だよ、シャル」
 シャルロットは力ない笑みを浮かべた。
 それから、ヴァークは首をまわし、もう一度シャルロットの方を見た。「・・・それより、きみのフィアンセを紹介してくれないか?」
 そう言いながら、ヴァークは娘に厳しい視線を送った。彼は、娘のナディアがさっきからブロンドの髪の青年に秋波を送っているのに気づいていた。そして、青年が全くそれに気づいていないことを。青年の方は、シャルロットをうっとりと見つめていた。そして、その青年をフェリックスはずっとにらみ続けている。だから、彼はあえて<フィアンセ>という言葉を使ったのだ。
 シャルロットは赤くなって下を向いたヴィトールドのそばに寄った。そして、彼の手を取ってこう言った。「彼の名前は、ヴィトールド=ザレスキー。わたしたちザレスキー一族の中心人物です」
「ザレスキー家第12代当主、ヴィトールド=タデウシ=アンジェイ=ザレスキー伯爵です」ヴィトールドは、あえて正式な肩書きで名乗った。「・・・もっとも、<元>伯爵になりそうですがね」
 アドルフは目を丸くした。「ポーランドでも、貴族制が廃止にでもなるのかね?」
「いいえ、地位を剥奪されそうなのです」ヴィトールドが言った。「わたしは、前の戦争で大佐の地位まで出世しました。そのわたしに、ポーランド陸軍は、陸軍少将の地位を提示し、軍に戻るように言ってきました。わたしは、再三、その話を断り続けています。このぶんでは、いずれ、すべての地位を捨てて亡命することになるでしょう。まもなく、最後通告が出るはずです」
 シャルロットは驚いた表情を顔に出さないようにした。そういう話になっているとは知らなかった。そうか。だから、彼はポーランドに帰ろうとしないのか・・・。かの女は、これまで、彼が戻らないのは、祖父との確執のためだとばかり思っていた。もしかすると、彼は、すでに祖父を許しているのでは・・・? そして、祖父に会いたがっているのでは・・・?
 しかし、その場の一同が驚いたのは、話の内容そのものにではなかった。
「あなたが、軍人だったんですって?」一同は口々にそう言い、あっけにとられたようにヴィトールドを見つめた。
 やがて、フェリックスはにっこり笑いながらヴィトールドの前に進み出た。
「・・・思い出しましたよ。あなただったんですね!」フェリックスはポーランド語でそう言い、うれしそうに笑った。「ぼくを覚えていませんか、ポーランド人の士官候補生さん?」
 ヴィトールドは首をかしげた。
「あなたとは、パリでお会いしたことがありますよね?」フェリックスが言った。「1914年7月31日に、リュクサンブール公園で」
「リュクサンブール公園・・・?」ヴィトールドは小さな声でつぶやき、少し考えた。その目がぱっと見開いた。「・・・まさか、あのときの?」
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