FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第80章

第1454回

 シャルロットは、しばらくの間青年の顔を見つめていた。この人がフリードリッヒ=フリーデマンですって・・・? 彼は、クラコヴィアクのフリーツェックだ。だが、かの女が知っている彼と同じ人間には見えなかった。まず、外見そのものが違う。以前の彼は、もっと髪を短くしていたものだ。癖毛が嫌いなのだと言っていたものだ。しかし、こうやって髪の毛を伸ばしてみると、波打つようなきれいなカールが印象的なくらいだ。どうしてこれまでこんなすてきなカールを隠していたのかの方が謎だ。その自然な波のおかげで、彼のブロンドの髪はまるで冠のように彼を飾り立て、彼は以前よりもずっとハンサムに見えた。しかし、彼の目は以前よりずっとすさんでいた。この5年間、時が彼の純粋さを奪っていったに違いない。フェリックスの話の通りであっても、彼は人一倍苦労をしてきたはずだ。彼の目を見る限り、彼は地獄の中から出てきた人間を思わせた。この人は、絶望というものを知っている人間だ。
「・・・弾けないの?」やがて、彼はややいらだったように訊ねた。
 シャルロットはもう一度ヴァイオリンを肩に乗せた。そして、いつものようにピアノの音なしで簡単に調弦をすませた。その間、彼はピアノの前に移動していた。その彼に、かの女は昔と同じように軽く頭を振り、演奏開始の合図をした。
 まるで火花を散らすような演奏だった。彼は決してかの女に主導権を渡さなかった。シャルロットもその勝負に挑んだ。二人の間には緊張があり、二人をよく知っているフェリックスやレオンは、二人は戦争しているのかと思ったほどだ。少なくても、シャルロットの方はフリーデリックに対し、何か怒りをぶつけていた。フェリックスたちにはそれがわかった。ただ、シャルロットがなぜ怒っているのかだけはわからなかったが。一方、フリーデリックの方は、かの女をなだめようとは思わなかった。その方が、この曲にふさわしい。だから、彼はかの女を怒らせたままにしておいた。彼には、かの女が怒っている理由がわかるような気がしたからだ。そして、演奏の間中、かの女の気分はおさまらなかった。
 演奏が終わったとき、かの女はまるで短距離走を終えたような表情をし、息を切らしていた。一方フリーデリックの方も軽く汗をかいていた。あまりにも激しく美しい演奏だった。その場の全員が、立ちあがって二人に拍手した。
 疲れ切ったようにその場に立ちつくし、拍手に対して礼を返そうとしないシャルロットのそばにフリーデリックは近づいた。彼は、昔のように、手を取り合って二人でお辞儀をしようとしていたのである。しかし、シャルロットの目は冷たかった。その目の中にあった感情の中に軽蔑を読みとった彼は、一瞬だけその場に立ち止まった。
 軽蔑・・・。結構。ぼくはかの女に蔑まれるだけのことはした。
 フリーデリックの体はその場に留まらなかった。彼はさらに前進し、シャルロットが彼の意図に気づく前にかの女を抱きしめ、いきなりかの女の唇を奪った。シャルロットは彼の足を踏んづけ、彼が怯んで上半身を離した瞬間、手加減なく彼のほおを平手で打った。彼がかの女をはなしたとたん、かの女はもう一度彼のほおを打った。かの女は逃げるようにレオンのそばに行き、彼の手にヴァイオリンを押しつけ、部屋を飛び出していった。
 その光景を、何人かの男性たちが憤慨して見つめていた。
「感動すべき光景だ。右のほおを打たれたら、左のほおも出したわけだ」フェリックスがとっさに冗談を言い、友人の肩を叩いた。しかし、その冗談に笑いを返す人は誰もいなかった。
 フリーデリックも部屋を飛び出していった。
 慌ててあとを追おうとしたオーギュストを、ヴィトールドが引き留めた。
「放せ! あいつをひっぱたいてやる!」オーギュストは怒りを込めて叫んだ。
 ヴィトールドは、彼の大きな体を羽交い締めにしていた。「それはすでにシャルロットがした」
「あの二人を、二人きりにしていいというのか?」オーギュストはまだ怒りがおさまらなかった。
「身に危険が迫っているとしたら、それはかの女にではない」ヴィトールドが言った。「二人に話をさせるんだ。邪魔をしてはいけない」
 オーギュストはちいさな声で悪態をついた。
 フランソワ=フランショームは、いとこに言った。「大丈夫、彼らに任せるといい」
 オーギュストは真っ青になって怒りに震えていた。「あんなことがあったあとでもか?」
 フランソワは何かオーギュストに耳打ちした。オーギュストはやっと抵抗を諦めた。
 ローザンヌ=アルジャ=カルテットのメンバーは、その場の雰囲気を変えるため、とっさに古典派の音楽を演奏し始めた。
 やがて、その場は、何事もなかったように収まり、フェリックスとマルティーヌは客たちの間を歩き始めた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ