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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第80章

第1456回

 1914年7月、フリーデリックはようやくあこがれの地を踏むことができた。フランスで作曲の勉強をすることは、彼の長い間の夢だった。彼はかつての教師だったボレスワフ=ステファンスキーの弟子の一人であるヤロスワフ=ベックに書いてもらった紹介状を持ってパリにやってきた。その時点では、メランベルジェ校で作曲を学ぶか、ベックの紹介状を生かすかは決めかねていた。
 フランスとドイツが戦争を始めたというニュースを、フリーデリックはパリで知った。外国人に対するパリ退去命令を見たとき、彼はベックの紹介状を持ってブーローニュ=シュル=メールに行こうと決意した。フランソワーズ=ド=ラヴェルダンが主催する<音楽教室>で学ぶ。彼にとっては、それが最後のチャンスだった。もし、ド=ラヴェルダン女史が自分を迎えてくれなければ、自分はドイツに行くしかない。そして、いずれはドイツ人として戦場に行くことになるだろう。いずれはシャルロットの祖国フランスを敵として戦うことになるだろう・・・。
 シャルロットの言葉が正しければ、ド=ラヴェルダン女史はポーランド人が嫌いだ。だからといって、ドイツ人だと名乗るのは、この時期には不適当だ。どうすればいいのだろう・・・?
 フリーデリックは思った。本当のことを話そう。自分の生い立ちのことも、これまでの人生のことも。それに、シャルロットからの忠告も。それでわかってもらえないような相手なら、これから先も、決して自分を本当に理解してはくれないだろう。
 彼は、ド=ラヴェルダン女史の家に着くまでに決心を固めていた。これからの人生を決めるのは、今から会おうとしている女性だ。コンスタンティ=シュナイダー氏が間違っていなければ、その女性は彼の将来すべてをゆだねるべき価値を持っているという。よろしい。それほどの人間に師事できるのなら本望だ。
 フランソワーズ=ド=ラヴェルダンは、郊外の小さな家に住んでいた。その家は、周りの家からぽつんと離れたところに建っている。家の周りには畑が広がっている。かの女があえてそんなところに家を構えたのは、その家から出る<騒音>(と近所の人々は評した)の被害を最小限に食い止めるためだった。近隣の農家の人たちは、その家に訪れる人たちが少し変わった人たちだと思っていた。たいてい大きなものを何か持ってくるからだ。それが楽器やら楽譜の入った紙包みだとは思わない人々には、不思議な光景に移った。しかし、約20年経ち、近所の人たちも不思議な人たちを見慣れてきた。見知らぬ人が現われると、先回りしてド=ラヴェルダン女史の家を教えようとする人さえ現われた。近所の人でない人が現われるとき、ド=ラヴェルダン女史の家はどこかと訊ねられることが多かったためだ。フリーデリックは、こういった人たちの一人に道案内をされ、じゃがいもの入ったかごを手渡された。
『ちょうどよかった。マドモワゼル=フランに渡して下さい。ヴィックからだと言えばわかりますから』案内した農夫はそう言って笑った。フランソワーズは、近所の人たちに愛されていた。そのころでは、そうやって近所づきあいが続いていたのである。
 フリーデリックが家のノッカーを叩いたとき、中から出てきたのは若い女性だった。かの女は、フリーデリックが紙包みと大きなトランクとじゃがいもの入ったちいさなかごを持っているのを見て首をかしげた。
『あの・・・こちらがマドモワゼル=ド=ラヴェルダンのお宅ですよね?』フリーデリックはそう言った。そして、若い女性が首をかしげるのを見てはっとした。その動作は、ブローニャのそれを思わせたからである。
 女性は小さくうなずいた。
『ぼくの名前は、フリードリッヒ=フリーデマンです』フリーデリックはそう言った。『あの・・・取り次いでもらえますか?』
 女性は、彼が一瞬口ごもったのは、自分が彼に名乗らなかったからだと思った。どう呼びかけていいか迷ったのだろうと。
『わたしは、フランソワーズ=ド=サックス』かの女はそう言った。『フランソワーズ=ド=ラヴェルダンの孫です』
 フリーデリックは目をぱちくりさせた。
 かの女は彼の表情を再び誤解した。『ああ、フランソワーズが二人だと面倒よね。ほかの人たちは、わたしをフラニーって呼ぶのよ。おばあさまがフラン。そうやって区別しているみたい』
 そう言って笑った表情には、どこかブローニャの面影がある。
『だけど、おばあさまの弟子たちは、かの女をマドモワゼル=フランと呼ぶわ』フランソワーズはにっこりした。
 フリーデリックは仕方なさそうに笑った。
『では、マドモワゼル=フラニー・・・』フリーデリックはそう呼びかけた。
『おばあさまは、レッスン中だと思うわ。レッスン室の隣の控え室で待っていて頂ける? こちらよ』フランソワーズはそう言うと、先に立って歩き出した。
 フリーデリックはおとなしくその後に従った。
 
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