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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第80章

第1459回

 誰もが短期決戦と考えていた戦争は長期化しつつあった。フランソワーズ=ド=ラヴェルダンがドイツ国籍を持つ少年を自宅に置いていることは、近所でも知らぬものがいなくなった。ド=ラヴェルダン女史は、できるだけフリーデリックを外に出さないようにした。無用な衝突を避けるためである。
 1915年のクリスマスに、研究所から電話が来たとき、ド=ラヴェルダン女史は彼にクリスマス休暇を出したことを後悔した。ドイツ人として襲われたのだと早合点したからである。汽車の旅に耐えられるくらい体力がつき、ようやく戻ってきた彼に事情を聞くまで、家の人たちは心配していたのである。単に人違いで襲われたという話は全員を震え上がらせたが、研究所の対応を聞くと彼らはほっとした。彼らは、彼をドイツ人だと知った上で必死の看護をしてくれた。彼ららしいエピソードであるが、彼に出会うフランス人すべてが同じ反応をするとは限らない。戻ってきた彼は、二度と家の外には出なくなった。
 やがて、彼がこの家にいることはもっと広範囲の人に知られることになり、ド=ラヴェルダン女史は決断を迫られた。かの女は、彼を守り抜く決意をしていたため、泣く泣くほかの弟子たちを手放した。そして、家そのものはまるで留置所のようになってしまった。彼は捕虜同様だった。ただ、収容所に送られなかっただけだ。家人は決して外には出られず、家に入るときも身分が明らかにならなければ許可にならなかった。近所の人たちが差し入れに来るか、フランソワーズが食べ物を持ち込むかどちらかだった。
 家の中には、ド=ラヴェルダン女史、フリーデリック、そしてもう一人女性の弟子だけが残っていた。
 そんな中、ド=ラヴェルダン女史はインフルエンザにかかった。
 最初にその病に倒れたのは女性の弟子だった。ド=ラヴェルダン女史は近所の人にかの女を預けた。残る二人も、ほぼ同時に感染した。医者も来てくれないこの家で、二人は高熱に苦しみ、体力を奪われていった。やがて、師は亡くなった。そのとき、フリーデリックは自力で回復途上にあった。しかし、彼に師の葬儀を行うことはできず、孫のフランソワーズを呼んだ。かの女は、パリから駆けつけ、葬儀・埋葬の手配をした。
 すべてをひとりで片づけたフランソワーズは、墓地から帰ってきてフリーデリックの顔を見たとたん、彼に抱きついて泣き出した。
『ひどい・・・ひどすぎる・・・どうしてこんなことにならなくちゃならないの・・・?』
 フリーデリックは、あの気が強いフランソワーズが泣き崩れるのを見て同情した。彼はかの女が泣き疲れるまで優しく背中を叩いた。一言も口にはしなかった。かの女が慰めの言葉を受け付けるとは思えなかったからだ。
 やがて、フリーデリックは言った。
『・・・これから、どうするの?』
『これから?』フランソワーズは涙を拭いた。『これからのことなんか、考えていないわ。今のことだけで、せいいっぱいよ・・・』
 フリーデリックはうなずいた。『でも、パリに戻るんでしょう?』
 フランソワーズは首を横に振った。『わたしが戻ったら、あなたは収容所行きだわ』
 フリーデリックはうなずいた。『それも、しかたがないことだ』
『あなたには、わたしが必要なのよ』フランソワーズが言った。『少なくても、戦争が終わるまでは』
『あなたに犠牲を強いることはできません』フリーデリックが言った。『ぼくは、収容所に行きます』
 フランソワーズはしばらくの間フリーデリックを見つめていた。それから、ぽつりと言った。
『あなたを愛しているの。初めて会ったときから、ずっと・・・』
 フリーデリックは驚いた顔をし、一歩下がった。
『あなたが、玄関に立っているのを見たときから』フランソワーズが言った。『あなたは、トランクと、楽譜と、じゃがいもの入ったかごを持っていたわよね』
 フリーデリックはうなずいた。
『あのとき、わたしは知らなかった。でも、今は知っている』フランソワーズが言った。『あのとき、あなたはわたしに笑いかけてくれたのだと思っていた。でも、そうじゃなかった。あなたが見ていたのは、わたしの中のいとこの面影だった。あなたは、シャルロットのことしか見ていない。あのときも、今も・・・』
 フリーデリックの表情がこわばった。
『だけど、わたしは、あのときから、あなたのこと以外考えられなくなってしまった』フランソワーズの告白は続いた。『わたしには、婚約している相手がいるわ。でも、その人よりずっとあなたが好きなの』
 フリーデリックはゆっくりと首を振り、もう一歩下がった。
『お願い、一度でいいから、わたしを抱いて』フランソワーズはそう言いながら彼の目をじっと見つめた。『愛しているのはあなただけだといったでしょう?』
 フリーデリックは目を天にあげた。そして、かの女の目をのぞき込むと、諦めたように首を縦に振った。彼は、もう後へは引けないと悟ったのである。
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