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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第81章

第1467回

 スタニスラス=ルフェーブルはうなずいた。「ええ、彼になら、それができたでしょう。ですが、あなたにもその力があると兄は思っています。わたしも同感です。なぜならば・・・」
 シャルロットは彼の言葉を制した。「ああ・・・あなたもそうお思いですか?」
 ドクトゥール=ルフェーブルは小さくうなずいた。
 シャルロットはちいさくため息をついた。「・・・どうして誰もがそう思うんでしょう?」
 ドクトゥール=ルフェーブルは悲しげにほほえんだ。「それが事実だからですよ」
 シャルロットは肩をすくめた。
「・・・どういうこと?」ヴィトールドが初めて口をはさんだ。
 シャルロットは顔を少し赤らめ、恥ずかしそうに言った。「ドクトゥール=マルローは・・・わたしを愛していた・・と皆が考えているの」
 ヴィトールドとロジェは驚いたようにシャルロットを見つめた。一方、ドクトゥール=ルフェーブルは難しい顔をシャルロットに見せた。
「『皆が』と言いましたよね?・・・あなたは、それを誰に聞いたのですか?」
「アンブロワーズ---ドクトゥール=ダルベールに」シャルロットが答えた。
「ダルベールに?」ドクトゥール=ルフェーブルはさらに驚いた。
「ええ。二人の所長代理たちは、わたしの父親代わりの存在でした」シャルロットが言った。「彼らは、光と陰のようにわたしを愛し、守って下さいました。アンブロワーズが言いました。ドクトゥール=マルローは、あえて厳しい方の半分の役回りを引き受けたのだと。そうすることが、彼にできる唯一の愛情表現だったのだと・・・」
 ロジェははっとした。ロジェも、アンブロワーズ=ダルベールがずっとシャルロットを愛していることを知っている。いや、研究所にいたことがある人間なら誰もがそれを知っているはずだ。シャルロットを除く全員が。ブリューノ=マルローは、そんなダルベールの手綱を引き締める役回りだった。しかし、マルローが進んでその役を引き受けたとは全く気づかなかった。彼が鉄でできた定規のような人間なのは、持って生まれた性格だと思っていた。シャルロットが笑顔を見せるとき、誰の心をも溶かすことができた。ただ一人、ブリューノ=マルローを除いて。だが、本当はそうではなかったのだ。彼は超人的な努力の末、シャルロットにあえて厳しくしてきたのだ。誰かがその役を引き受けなければならなかった。だから彼がそうした。彼は強い父親役を演じた。彼はあえて影に徹した。それが、彼にとっての愛情表現だった。彼がそうした行動を取った動機に気がついたとき、ロジェは彼がどんなに深くシャルロットを愛していたのかを悟ったのである。
「ダルベールが、そこまで話したとは・・・?」ドクトゥール=ルフェーブルはつぶやいた。そして、物思いにふけるような表情になった。
 シャルロットは黙ったままうつむいていた。流れ落ちる涙を拭こうともしなかった。
 ロジェも何も言わずにシャルロットを見ていた。いや、視線がそちらを向いているだけで、彼はブリューノ=マルローのことを考えていた。
 ヴィトールドは自分が聞いた話をゆっくりと心の中で整理していた。シャルロットがどんな環境で育ったのか、彼はほとんど知らない。だが、情報を整理すると、だいたいこんな感じだろうと想像できる。
 この少女は、ちいさいころから、周りの人たちをそのほほえみで魅了してきた。ヴィトールド同様、かの女も両親の元で幸せな子ども時代をおくったわけではない。いや、不幸だったというのではない。ただ、両親の愛情を知らないだけだ。本来ならば、叔父であるドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーがかの女にとって父親代わりだったはずだ。しかし、彼のみならず、当時研究所にいた成人男性のほとんどがかの女を自分の娘同様に愛していた。シャルロットはその愛くるしい笑顔を見せるだけで、彼らの心を虜にしてきたはずだ。ただ、そうではなかった人が一人だけいたらしい。かの女に対して厳しい父親役ができる唯一の男性が。そして、かの女は、その男性があえてその役回りを引き受けた理由を知ってしまったのだ。もう子どもではないかの女にとって、彼はもはや恐いお目付役ではなく、愛情あふれる一人の男性だった。彼がそうしてきた本当の理由を知ったからこそ、シャルロットは彼のために涙を流しているのである。
「・・・きみは、以前、誰かのために演奏したと言ったよね?」ヴィトールドは静かに言った。
 その言葉を聞き、シャルロットはびくっとして顔を上げた。シャルロットは少しの間ヴィトールドを見つめたあと、涙を拭き、小さくうなずいた。
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