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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第81章

第1475回

 テオドール=フランクは、その生涯に二人の女性を愛した。一人は自分の妻として。もう一人は自分の娘として。
 小さい頃からヴァイオリンの音だけを詰め込まれて育ったかつての天才少年は、音楽以外何も知らずに成長した。恋などする暇もなく大きくなってしまった彼が初めて愛した女性が、伴奏者として目の前に現われたピアニストのソフィ=マリアンヌ=ティボーだった。二人は、あるコンサートのためだけに結成された臨時のコンビだった。彼は、演奏会が終われば自分たちが別れる運命だということを知っていた。かの女は売れっ子のピアニストだったし、自分は生まれ故郷のベルギーへ戻るつもりだったから。だが、これまで一度も恋をしたことがなかった彼ではあったが、目の前の女性が運命の人だということはよくわかっていた。何もしないで別れることはできなかった。彼は、かの女にプロポーズしようと思った。彼は、かの女のイメージで作った白い菊の大きな花束を持ってかの女に会いに行った。ところが、女性の方は、その大きな花束を見て、彼の真意を誤解した。密かに彼を愛し始めていた女性は、菊の花束を見て、彼が自分を侮辱するつもりだと思い、その花束を受け取るなり、花束で彼のほおを叩いたあと、床に投げ捨ててその場から去っていった。それを見て、かの女に振られたと思い込んだ彼は、その日のうちにベルギーへ戻っていった。
 一方、彼らの恋を密かに応援していた友人のフランソワーズ=ド=ラヴェルダンは、マリアンヌからテオドールの不首尾を聞かされることになる。彼に侮辱されたと思いこんでいたマリアンヌの告白を聞き、二人が実は相思相愛の仲だと気づいたフランソワーズは、何があっても二人を結びつけようと決意した。フランソワーズはテオドールに手紙を書き、今度のことでマリアンヌがどう思ったかを述べたあと、もし本当にかの女が好きなら戻ってきて欲しい、必ず助けますと伝えた。こうして、二人は結婚することになった。このエピソードは、二人のことを知る人は誰もが知っている。フランク氏が白い菊に対してどう思っているかも。
 テオドール=フランクは、白という色が一番好きだった。いや、あらゆる色のなかで彼にぴったりの色があるとすれば、それは白以外にはなかった。白という色は、冷たさとあたたかさの両方を持っている。一見どんな色にもなじみそうに見えるが、実は自己主張が強い色だ。白い絵の具は、ほかの色と混じると相手の色をぼかしてしまう。白というのは相手に対して自分を強く主張する色なのだ。白は高貴な色だ。決してほかの色に支配されたりはしない。テオドール=フランクという人間は、確かにあらゆる人に愛されたわけではない。しかし、彼はあらゆる人を愛し、彼を知る人々に何かを残して去っていった。テオドール=フランクはそういう人だった。そして、マリアンヌ=ティボー=フランク夫人もそうだった。
 サヴェルネが墓地に着いたとき、ヴァーク=ブーランジェはまだ墓の前にいた。二人の墓の前には、大きな白い菊の花束と、大きな白いバラの花束が置かれていた。
「やあ」ヴァークは親しげに声をかけた。
 サヴェルネはにっこりし、手品師のような大げさな身振りでポケットから小さな花束を取りだした。「花の買い占めに失敗したんだってね。さすがのきみでも、あの花屋を買収するのは無理だったようだ」
 ヴァークもほほえんだ。「なるほど。一本ずつ買うお得意さんはきみだったんだ」
 二人は笑い出した。
「珍しいところで会ったが、どういう心境の変化だ?」サヴェルネが訊ねた。「今日は、二人の命日ではないはずだが?」
 ヴァークはうなずいた。「いくつか、報告があってね。それがすんだら、オケとのリハがある」
 サヴェルネは黙ってうなずいた。
「そのあとで、きみのところに行くつもりだった。重大なお願いがあってね」
「重大なお願い・・・?」
「うん。実は、きみの奥さんが欲しいんだ」
 サヴェルネはぎょっとしてヴァークを見つめた。
 ややあって、サヴェルネは堅苦しい口調で言った。「・・・再婚するなら、人妻ではなく未婚の女性に声をかけて欲しい」
 ヴァークは、サヴェルネが無理に冗談を言おうとしているのをみて、にやりとした。「そうだな、その目的ならばな。だが、目的が本当にそれなら、きみに許可をもらうなんて手間をかけるつもりはない。黙って奪い取るまでだ」
 そして、ヴァークはサヴェルネに事情を説明した。
「・・・というわけなんだ。やはり、オーケストラの伴奏では大げさすぎると思うんだ。だから、ロッティの力が借りたい」ヴァークは説明を終え、こう言った。「シャルは、きみに直接頼みに行くと思う。どうか、かの女を追い返さないでやってくれないか?」
 サヴェルネはもう一度身をこわばらせた。
「話だけでも聞いてやって欲しい。頼む」ヴァークは頭を下げた。
 サヴェルネがかすかに頭を振ったようにヴァークには見えた。彼にとって最大限の譲歩に違いない。
「ありがとう、ジョゼフ」ヴァークはそういい、彼の肩を叩いた。そして、ヴァークはその場を去っていった。
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