FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第81章

第1476回

 シャルロットはヴィトールドと一緒にサヴェルネ家を訪れた。
 玄関を開けたジョゼフ=サヴェルネは、二人をじろりと見て、何も言わずに中に通した。
 そのとき、客間にはサヴェルネ夫人とノルベール=ジラールがいた。ノルベールは、シャルロットが去っていったあとも、サヴェルネ家を訪れ、サヴェルネ夫人の話し相手をしていた。ノルベールの訪問は、もちろん、家にサヴェルネがいるときに限られた。たいてい、サヴェルネはレッスン中で、部屋にいないことが多かったが、二人がお茶を飲んでいるときにサヴェルネが一緒にいることも決して珍しくはなかった。二人は、サヴェルネがいても、彼を無視して思い出話をした。もちろん、話題はシャルロットのことが中心だ。サヴェルネは聞かないふりをして耳をそばだてている。しかし、彼らの間で、現在のシャルロットと音楽が結びついた話題になることは一度もなかった。だから、サヴェルネはあえて聞かないふりを続けた。
 シャルロットは二人に気がついたが、二人の方はシャルロットには気づいていなかった。ただ、シャルロットが手にしていたヴァイオリンのケースを見て、また新しい生徒が現われた、くらいに思っていた。
 サヴェルネは、シャルロットをじっと見つめ、やや冷たい口調でこう言った。
「伴奏者を連れてきたのかね?」
 その言葉を聞くと、シャルロットは目を見開いた。かの女は、彼が自分を彼の弟子になるためにここを訪れた人間だと思いこんでいることに気づいたのである。シャルロットも知っていた。彼は、そうした若者には、決して名前を訊ねない。彼は、相手の演奏だけを聞き、才能がない若者は名前さえ聞かずにその場で追い返すのである。
 シャルロットは、あえて黙ったままうなずいた。
「だが、今日は無伴奏で演奏してもらおう」サヴェルネが言った。そして、彼は、いつもの定位置に腰掛けた。
 シャルロットは、彼の前でヴァイオリンのケースを開いた。いつものように、かの女は音を出さずに調弦しようとした。
 かの女がヴァイオリンをかまえたとたん、サヴェルネの表情が変わった。彼は眉を寄せ、考え込むような表情を見せた。
 サヴェルネ夫人もはっとして息をのんだが、口に手をあてたまま何も言わなかった。
 ノルベールは、うっとりとしたままシャルロットを見つめていた。彼はシャルロットには気づいていなかった。ただ、美少女の優雅な動作に心を奪われていたのである。
 シャルロットは、オーギュスト=ド=マルティーヌが自分のために作曲した無伴奏ヴァイオリン=ソナタを演奏し始めた。かの女は、あえて師が知らない曲にチャレンジしたのである。それでも、聞いている彼の目に涙がたまってきたのをシャルロットは見た。いや、泣いているのは彼だけではなかった。サヴェルネ夫人もハンカチを目に当てたまま聞いていた。ノルベールとヴィトールドもうつむいていた。
 演奏が終わったとき、サヴェルネはシャルロットの元に駆け寄り、かの女を抱きしめた。
「おかえり、シャル」サヴェルネは優しくそう言った。「帰ってきてくれると思っていたよ」
 その言葉を聞き、サヴェルネ夫人とノルベールは立ちあがった。サヴェルネ夫人もシャルロットの元に駆け寄った。
「やっぱりシャルなのね?」サヴェルネ夫人はそういい、夫を押しのけてシャルロットを抱きしめた。
 一方、ノルベールは黙ったままシャルロットを見つめたままだった。あの天使が、こんなに美しい少女になるなんて・・・。彼はかの女に声をかけることもできないままその場に立ちつくしていた。
「ごめんなさい、サヴェルネ先生」シャルロットはサヴェルネに言った。「わたしが間違っていました」
 サヴェルネはほおに流れ落ちる涙を拳で拭いた。
「わたしは、音楽を捨てることはできませんでした」シャルロットは静かに告げた。「あなたは正しかったんです」
 サヴェルネは何度もうなずいた。そして、かの女の手を取った。
「でも、どうしてわたしだとわかったんですか?」
 サヴェルネは言った。「どうしてきみだとわからなかったのか、と聞いて欲しいな」
 そして、サヴェルネはほほえんだ。「きみの演奏を忘れられるはずはないだろう? きみの演奏スタイルは独特のものだった。きみがヴァイオリンをかまえただけで、誰もがきみだとわかるんだ」
 シャルロットは黙ってうなずいた。
「だが、玄関できみを見たときには、きみだとは気づかなかった」サヴェルネは言った。「きみは、とてもきれいになった。みにくいアヒルの子が白鳥になったように・・・」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ