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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記 SIDE-B」
第82章 B

第1497回

 シャルロットは、ユーリア=レーベンシュタイノヴァという女性のことをほとんど知らなかった。だが、かの女からの手紙は、かの女という女性を知る手がかりとしては十分なものを伝えている。優しさを伝える柔らかな筆跡。女性らしい心遣い。どうしてこんな魅力的な女性がそばにいたのに、彼はかの女と喧嘩ばかりしていたのだろう? 恐らく、二人は似たもの同士だったのだ。優しくて、意地っ張り。頑固者同士。
 シャルロットは目を閉じ、幼い二人の子どもたちを想像した。ブロンドの髪、青い目をした、人形のようにかわいらしい男の子と女の子。二人とも外見も性格もそっくりだ。女の子は、どんな遊び道具よりも好きな小さなチェロを抱えていて、男の子は絵本に夢中だ。二人とも、自分の世界にどっぷりと浸かっていて、一緒にいるのに一緒ではなかった。ときどき、男の子は、前髪をかき上げ、女の子のほうをさも迷惑そうに見つめる。女の子の方は、自分が出している音に夢中で、男の子の方など見向きもしない・・・。
『うるさいな!』男の子のその声で、女の子は夢から覚めたような表情になり、チェロを床に置くなり、男の子に抗議する。『なんですって!』・・・そして、二人は口論になる。それを見ているアファナーシイの表情は・・・。
 シャルロットは、若い頃のアファナーシイの表情を想像することはできなかった。初めて会ったとき、彼はすでに老人だった。いや、本当は老人というような年齢になっていなかったのかも知れないが、10歳の女の子の目から見た彼は、実際の年齢よりも老けて見えた。ヴィトールドという孫を手放してから、実際の年齢よりも老け込んでしまった感はあるが、それにしても彼は若くは見えなかった。アファナーシイは、ヴィトールドとユーリアを結婚させたがっていた。その二人は、小さい頃からあまり仲がよくなかった。幼い頃のヴォイチェフとルドヴィーカを思わせるこの光景に、アファナーシイは相当苦しんでいたに違いない。しかし、彼は決心を変えなかった。ヴォイチェフとルドヴィーカを結婚させたように、ヴィトールドとユーリアを結婚させてみせる。それが正しいことだと彼は思っていたはずだ。そもそも、彼は恋愛と結婚を別のものだと考えていた。だが、彼は、本当に誰かを心から愛したことはあったのだろうか?
 シャルロットの心は沈んだ。もし、彼が誰かを愛したことがないのなら、自分の気持ちが彼に通じるはずはない。どんなにヴィトールドを大切に思う気持ちを伝えたとしても、彼にはわかってもらえないはずだ。ユーリアは、彼が本当に伝えたかったのは祝福の言葉だったはずだと書いた。だが、それが本当だとはかの女には思えなかった。
 気がつくと、シャルロットはヴィトールドの腕の中ですすり泣いていた。彼の顔にはなんの表情も浮かんではいなかった。怒りも苦しみも悲しみもない、ただの無表情。彼は、空虚さだけを感じているかのようだった。それが、彼の心の痛みを何よりも顕著に伝えていた。
「ヴィテック・・・」シャルロットは、初めて彼にそう呼びかけた。
 その声を聞き、彼はびくっと体を硬直させた。一瞬の後、彼はこれまでとは逆に、かの女に抱きついていた。そして、堰を切ったように泣き出した。彼はうめきながらかの女にしがみついた。小さな子どもが母親を求めるようなそのしぐさに、シャルロットは思わず彼を抱き寄せ、優しく背中をさすった。
「お願いだ・・・ずっとこうしていて・・・」彼は何かに脅える子どものような口調で言った。
「ええ、ずっと一緒にいるわ」シャルロットは、優しくそう言い、彼を引き寄せた。そして、まるで小さな子どもにするように優しく頭を撫でた。
 二人は、長い時間そうやって泣いていた。
 その優しい愛撫が、いつから別の性格のものに変わったのか、二人は気がつかなかった。
 シャルロットは、彼が自分の両手を頭の上に固定しようとしたため、身をよじって起きあがろうとした。かの女は、それまで自分がソファに横たわっていたことさえ気づかないまま、彼のキスに酔いしれていたのだった。
 シャルロットが急に動いたので、ヴィトールドは閉じていた目を開けた。その目には、最初、何も浮かんではいなかった。一瞬の後、かの女は彼の目の輝きが変わったことに気づいた。その目には見覚えがあった。かつて、夢中になって抱きついてきたときのウラディーミルの目の色だ。シャルロットの目には恐怖が浮かんだ。あのときと同じだ。やはり、彼は、このまま自分を・・・?
「だめ!」シャルロットは、恐怖に身をよじった。あのときと同じ。ただ恐ろしいという思いだけがかの女を襲った。
 ヴィトールドは、「もう、遅いよ・・・」とつぶやき、かの女の体にのしかかった。そして、かの女の唇から漏れ出る悲鳴を、自分の唇で塞いだ。
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