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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記 SIDE-B」
第82章 B

第1499回

*オリジナル版では第1503回です。


 次の日の朝はやく、ヴィトールドはリビングに顔を出した。いつもよりも30分早い時間だった。
 その日の朝食の当番はヴィトールドの役回りだった。朝食と言っても、トーストと紅茶、それにほんの付け合わせをつけるだけだ。ロジェの当番の日だったらベーコンエッグよりまともなものが出るが、ヴィトールドはスクランブルエッグを作るのがせいぜいである。それでも、彼らは律儀に当番制をしいていた。
 ヴィトールドとシャルロットは、前の晩、食事をしなかった。どうやら、ロジェもそうだったようだ。夕食は、手つかずのまま残されていたからである。彼は、テーブルの上を片づけようとした。そのとき、彼はふっと思った。
 ロジェは外出していたのだろう。彼が夕食を一緒に取らないのは、珍しいことではない。だが、なぜ誰も自分たちを呼びに来なかったのだろう? なぜ誰もテーブルを片づけなかったのだ?
 そう思ったとたん、彼は真っ赤になった。
 誰も呼びに来ないはずはない。誰かが自分を呼びに来たはずだ。そして、そのとき、部屋の中では・・・。
 使用人の誰が見たかは知らない。その人物は、あまりにも驚いたため、テーブルを片づけることさえ忘れてしまったようだ。
 噂は今日中に屋敷に広まるだろう。自分とシャルロットが、ソファの上で何をしていたかという噂が。
 ああ。自分は何ということをしてしまったのだろう! ヴィトールドは思った。
 起きたとき、昨日のことは夢だと思った。目覚めたとき、一人きりだったからだ。しかし、彼は不自然な格好で横になっていた。ズボンが膝のところで絡まり、足の間にピンク色のものがこびりついていた。ソファには血痕も残っている。
 ヴィトールドは暗い気分で起きあがった。祖父が亡くなっただけでも問題だというのに、自分は取り返しのつかないことをしてしまった。それだけではなく、それを誰かに見られたとは!
 彼の決心は早かった。シャルロットと結婚しなければならない。一日も早く。悪い噂が立たないうちに。それから、屋敷内の人間に箝口令を敷かなければならないが・・・?
 ヴィトールドはテーブルの上を片づけた。それから、手早く料理をすませた。ロジェが降りてくるよりも早くシャルロットの部屋に行かなくては。そして、朝食のテーブルで結婚報告をしなければならない。そうしなければ、悪い噂ではすまなくなる。いや、噂の方が先に彼の耳に入ったら、自分は今度こそロジェに袋だたきにされるだろう。シャルロットの名誉のためには、噂を否定しなければならないのだ。結婚前に二人が不適切な関係になった、ということを誰にも知られてはいけない。
 ヴィトールドは、シャルロットの部屋のドアをノックした。ノブをまわすと、意外なことにドアが開いた。
 シャルロットは、これほど無防備だったのだろうか? 寝室の鍵もかけずに眠っているとは。それとも、昨日のことで、鍵をかけるのも忘れるほど動揺していたのだろうか? いや、自分だったら、逆に鍵をかけて部屋に閉じこもるだろう。男が自分を追いかけてこないように。再度彼と顔を合わせないように・・・。
 ヴィトールドは、部屋には入ったものの、寝室のドアをノックするのをためらった。それでも、ここまできた以上引き返すわけにも行かない。彼はドアをノックした。しかし、中から返事はなかった。彼は試しにノブをまわした。ここも鍵がかけられていなかった! 彼は驚きながらドアから顔を出した。
 かの女の寝室に入るのは初めてだった。いかにも女性の寝室らしい調度品に囲まれたその部屋のまん中に、女性が一人で眠るのにちょうどいい大きさのベッドが置かれていた。そのベッドには、やわらかいレースのカーテンがおろされ、レース越しに女性が眠っているのが見える。ヴィトールドはためらいがちにベッドに近づいた。
「ティーニャ?」ヴィトールドはそっと声をかけた。シャルロットが起きてくる気配がないので、もう少し大きな声で声をかけてみた。しかし、かの女は動かなかった。
 ヴィトールドはカーテンを持ち上げ、眠っているシャルロットを見つめた。どうやら熟睡しているようだ。朝が早いかの女にしては珍しいことだった。しかし、昨日のことがある。よほど疲れているに違いない。もう少し寝かせてあげよう。
 彼はカーテンをおろし、静かに部屋を退出した。
 寝室から出たとき、彼はテーブルの下に万年筆が落ちているのに気がついた。その万年筆には見覚えがある。ロジェがいつもポケットに忍ばせているものだ。彼は、いつでもメモを取れるようにと、手帳とペンを常備している。
 だが、どうしてこんなものが落ちているのだ?
 彼は万年筆をテーブルの上にのせ、部屋を出た。そのときには、それがさほど重大なことだとは思わなかった。
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