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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第83章

第1513回

 ノルベールは、帰ろうとする人たちの波に抵抗するように一人反対方向に歩いていた。彼は、控え室に向かって歩いていた。シャルロットと一緒にホールに出入りしているうちに、彼は控え室の位置を覚えた。オーケストラのメンバーがどの部屋を使い、ソリストがどこにいるかを彼は知っていた。
 ノルベールはノックをした。返事はなかったが、彼は中に入った。
 シャルロットは部屋に一人きりでいた。まだステージ衣装を着たままだった。その衣装は、近くで見るとウエディングドレスのようだった。まるで、結婚式が始まるのを待っている花嫁のような様子に、ノルベールは驚いた。かの女はヴェールを付ければ、花嫁そのものだった。
 ノルベールは口を開いた。「きみは、ぼくたちに花嫁姿を見せてくれたんだね」
 シャルロットは振り返り、ノルベールに気づいた。かの女は彼を見るとうれしそうな表情を浮かべた。待っていた新郎を出迎える花嫁のような表情をうかべたシャルロットを見て、ノルベールもほほえんだ。
「きれいだった?」シャルロットは訊ねた。
 ノルベールは一瞬黙った。そして、つぶやくように言った。「・・・ああ、きれいだった」
「・・・とってもきれいだった」ノルベールは口の中でもういちどつぶやいた。
「ありがとう」シャルロットは満面の笑みを浮かべた。「今日は、来てくれて本当にありがとう。あなたは、きっと来てくれると思っていたわ」
「ぼくは、招待されなかった」
 シャルロットはほほえみ続けていた。「あなたは絶対に来るはずだと思っていたの。やはり、来てくれたでしょう?」
「本当は、来たくなかった」彼はぼそっとつぶやいた。
「まさか」シャルロットは本気にしなかった。
 そして、シャルロットは言った。「わたし、結婚したの、彼と」
「聞いた。でも、結婚おめでとう、とはいわないよ」
 シャルロットはノルベールを優しく見つめた。「まあ、祝福して下さらないの?」
「ぼくの祝福が必要か?」ノルベールも優しい口調で言った。
 シャルロットは立ち上がり、ノルベールのそばに寄った。「ええ、もちろん。だって、わたしたち、親友じゃないの」
 その笑顔を見ると、ノルベールははっとした。
「きみは今、幸せなのか?」ノルベールは訊ねた。
 シャルロットのほほえみが不意に消えた。かの女は少し考えてからこう訊ねた。「・・・どちらだと答えて欲しいの?」
「幸せだと答えて欲しい」ノルベールは即答した。「きみが幸せでなかったら、ぼくも不幸になる」
「わたしは、幸せよ」シャルロットが言った。
 その答えを聞き、彼は額にしわを寄せた。「いや、きみは幸せじゃない。なぜだ?」
 シャルロットは下を向いた。
「あいつは、きみを不幸にしたのか?」
 シャルロットはちいさく首を振った。
 しばらく沈黙が続いたあと、シャルロットはゆっくりと口を開いた。
「ノルベール」シャルロットは優しく呼びかけた。「わたしはこう思うの。幸せって、誰かに与えてもらうものじゃなく、誰かと一緒に築きあげていくものじゃないのかと」
 ノルベールは何も言わなかった。
「彼は、わたしを幸福にも不幸にもしていないわ」シャルロットは言った。「もし、わたしが幸せに見えないのなら、わたしたちの呼吸がどこかでずれているのね。もし、わたしが幸せに見えるのなら、わたしたちのリズムがそろいかけているのよ。ただ、それだけのこと・・・」
 ノルベールはそれでも口を開かなかった。
「わたしのさっきの演奏が、あなたの心に届いたのなら、わたしの返事はわかるはず」シャルロットは言った。「だって、あなたは、わたしのたった一人の親友ですもの・・・」
 その言葉を聞くと、彼は雷に打たれた人のように体を震わせた。
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