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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第8章

第150回

 オーギュスト=デュランとヘルムート=シャインが行ってしまうと、クラリスは、ただ一人その場に似合わないように見える女性に近づいた。さっき、マリー=クレール=ド=フランスと紹介された女性だった。
「ここに来てかまいませんか?」クラリスが訊ねた。
「ええ、どうぞ」マリー=クレールが答えた。落ち着いた雰囲気の持ち主で、育ちがいいのは明らかだった。かの女のような人がなぜこのようなにぎやかなところにいるのか、クラリスは聞いてみたいような気がした。
 かの女は、クラリスの問いにこう答えた。
「ヘルムートと初めて会ったのは、コンセルヴァトワールでした。ヴァイオリンクラスで伴奏のアルバイトをしていたとき、教室で会ったのが最初でした・・・。わたし、彼と同い年なのよ。わかりますか?」
 クラリスは驚いて首を横にふった。「まさか」
「あの人は、どう見たって30歳以上に見えるわよね。あれで、29歳よ」
 クラリスは、シャインが35歳くらいだろうと思っていたので、意外そうに首をかしげた。
「・・・そうでしょうね。あの人は、とても苦労しているのよ・・・」マリー=クレールがぽつんと言った。
「・・・彼を愛していらっしゃるんですね?」
 かの女はほほえんだ。「ヘルムートは、女嫌いなんですよ」
 クラリスはちらっとシャインのほうを見た。シャインは、まだオーギュスト=デュランたちと何か話しているところだった。
「わたしは、彼を愛しているのかどうか、自分ではよくわかりません。でも、一緒に活動しているとき、幸せな感じがします。彼と一緒にいるからか、音楽が好きだからか、はっきりしないのですが・・・」そう言うと、かの女はまたほほえんだ。
 クラリスはうなずいた。
「・・・好きな人がいるのね?」マリー=クレールは、そのクラリスの表情を見て、そう訊ねた。
「ええ」クラリスは赤くなった。「今、どこにいるか、よくわからないんだけど・・・」
「いつもそばにいてあげなくては」
 クラリスは首を横にふった。「わたしは、彼を愛してはいけなかったんです。だから離れたんです」
「本当に好きなら、離れてはいけなかったのに・・・」マリー=クレールはつぶやいた。
「本当に好きだから離れる、ということだってあるでしょう?」クラリスは反論しようとした。
 クラリスは、エドゥワール=ロジェのことを考えていた。ロジェがどんなに深くフランソワーズを愛していたのかを、改めて思い知らされたような気がした。愛というものは、いろいろな形をしている。別れるというのも大きな愛なのだ。ロジェは、フランソワーズを深く愛していたからこそ別れられたのだ。自分を犠牲にして、愛を貫いたのだ・・・。
 しかし、自分たち---自分とロベール=フランショーム---の場合には、それはなかった。自分たちの場合は、離れることで、現実と向き合うことから逃げていたに過ぎない。離れても、何も解決しないというのに・・・。
「本当に好きなら、離れることなんかできないはずだと思わない?」マリー=クレールが穏やかに言った。
 そのとおりだ。ロジェは、本心からフランソワーズと別れたいとは思っていなかった。その証拠に、彼は酒びたりの毎日を送っているではないか。彼は、そうやって自分をごまかし続けている。
「・・・そうかもしれません・・・」クラリスは小さな声で言った。
 マリー=クレールは、もう一度ほほえんだ。「そうよ。好きだったら、離れてはいけないわ、何があってもね」
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