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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第84章

第1526回

 その晩、シャルロットの陣痛が突然始まった。
 予定されていた日より約1ヶ月も早い出産だった。大変な難産で、かの女は担架で病院に運ばれ、そこで出産した。最初の陣痛を訴えてから16時間以上たってからのことだった。子どもが生まれたのは、1920年10月6日のことだった。約2600グラムの男の子だった。
 陣痛が始まったという知らせを聞いて駆けつけた男性たちは、控え室でおろおろすることしかできなかった。その場にいた唯一の女性だったマルティーヌ=ブーランジェ夫人も、最後には部屋から出された。医者は、一度は、シャルロットも子どももだめだろうと宣告したほどだった。子どもが無事に生まれてきたと聞いたとき、父親であるヴィトールドだけではなくロジェも疲労困憊していた。
 小さな子どもは、あまりにも弱々しかった。ロジェは、子どもが洗礼を受ける前に死んでは大変、とばかりに、あわてて司祭を呼んできた。老司祭は、ロジェとヴィトールドをなだめたが、彼らはがんとして慰めを拒んだ。こうして、生まれて間もない子どもは、急いで洗礼を受けることになった。子どもは、両親が考えていた名前にくわえ、誕生日の聖人の守護をうけられるようにと聖ブリューノにちなんだ名前、そして急遽子どもの代父となったフェリックスの名前をもらい、スタニスラス=ブリューノ=フェリックスと名付けられた。
 慌てて洗礼を受けた小さな子どもは、大人たちの思惑とは異なり、日に日に丈夫になっていった。
 一方、シャルロットの容態が回復するまでにはさらに時間を要した。そのため、赤ん坊には急遽乳母が付けられることになった。屋敷の使用人に、シャルロットよりわずか数日前に出産したばかりの女性がいた。その女性、マリー=ベニエが、自分の息子ジェルマンと一緒に小さなスタニスラスの世話をすることになったのである。わずか数日前に生まれたジェルマンが、スタニスラスを弟のように扱うようになるのを見て、二人を3日違いで生まれたチャルトルィスキー公爵と執事のヴォイチェホフスキーのようにはせず、対等の立場で育てようとシャルロットが決心するのは、これより少しあとのことになる。
 さて、シャルロットが初めて自分の赤ん坊と対面したのは、子どもが誕生してから一ヶ月後のことだった。フェリシアーヌ=ブーレーズが連れてきた赤ん坊は、シャルロットの腕に抱かれるのを嫌がって泣き出し、シャルロットは当惑して子どもを抱くのを諦めた。
 フェリシアーヌは、シャルロットに、子どもとの接し方を教えた。一般論だけではなく、赤ん坊だった頃のシャルロットと養母アレクサンドリーヌの話も付け加えた。そんな話を聞いているうちに、シャルロットは次第に冷静さを取り戻した。生まれたばかりの子どもにとって、乳母は母親代わりかも知れない。シャルロットは、自分の乳母であるフェリシアーヌと、母親だと思い込んでいたアレクサンドリーヌとのかかわりを思い出した。そして、実の母親のクラリスのことを。子どもに乳をやることだけが母親の仕事ではない・・・シャルロットはフェリシアーヌからそれを思い出させられたのである。
 シャルロットの目から見たスタニスラスは、父親似の子どもではなかった。もっとも、シャルロットはヴィトールドの両親を知らない。子どもの髪の毛は両親と同じブロンドで、同じようにまっすぐだ。現時点では、ヴィトールドとスタニスラスの共通点はそれくらいだ。顔の輪郭は、祖父のエマニュエル=サンフルーリィに似ていた。そういえば、目の色も純粋なザレスキー家の青ではない。もしかすると、ティエ家のすみれ色になるかも知れない。いや、そこまでいかなくても、濃いブルーになるのではないだろうか、たとえば、ロジェの目のような・・・。
「ザレスキー家のブルーの目をしていない、ザレスキー一族の当主・・・」シャルロットは小さな声でつぶやいた。
 かの女が考えていたのは、いとこのスティーヴン(アレクサンドル)のことだった。彼もこの家で生まれた。ザレスキー一族の特徴を受け継がなかった、すみれ色の目をしたザレスキー一族。そういえば、またいとこのブローニャ=スタニスワフスカもすみれ色の目をしていたという。ザレスキー家も変わりつつあるのかも知れない。そのほうがいいのだろう。フランショーム一族に、《あの目に用心しろ》と言われ続けるのはもうたくさんだ。彼には、自由な恋愛をしてもらいたい。もし可能なら、今後生まれてくるかも知れないフランショーム一族の女性と結婚して欲しいが、もうそんなことにこだわって欲しくないような気もする・・・。
 シャルロットはスタニスラスのほおを指でつつき、彼が笑うのを見ながら自分もほほえんでいた。
 生後一ヶ月の子どもに、将来の結婚相手を考える自分がおかしかった。
 だが、この同じ場所で、叔父夫婦は自分の娘のフィアンセを決めた。生まれたばかりの子どものフィアンセを。だが、その娘は死に、かの女のフィアンセは・・・。
 いや、今、コルネリウスのことを考えるのはよそう。
 それでも、かの女はスタニスラスを見ながら夢の続きを見た。もし、彼が、コルネリウスの娘と結婚することがあれば・・・と。
 だが、そう考えると、かの女の胸が痛んだ。
 コルネリウスがほかの女性と結婚する・・・。
 かの女はあらためて、自分が彼にした仕打ちを後悔した。
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