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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第84章

第1537回

 ヴィトールドもゆりかごをのぞき込んだ。「ここに眠っていたきみを見たかったなあ。かわいい子どもだったんだろうね。いや、この子を見ていると、想像できるような気がする。きみは、この子そっくりだったはずだ。ただ、枕元にあるのは、懐中時計ではなく、プティ=ラルース百科事典だ。そして、ひと組の男女がこうやってゆりかごを覗いているんだ。ただし、彼らは、子どもの本当の両親ではない・・・」
 シャルロットは、ゆりかごをのぞき込んでいる若い二人を想像していた。ヴィトールドそっくりの、だが彼よりはずっと若い男性と、美しいすみれ色の目をした女性。子どもの本当の両親ではなかったが、二人は自分の本当の娘と同じくらいその赤ん坊を愛していた。彼らは、小さな子どもを前にして、その将来を夢見た。
「この子にだけは、この子の母親と同じ思いはさせない」シャルロットは優しく言った。「この子には、ザレスキー一族にふさわしい教育を受けさせることは決してしない。この子には、何があっても音楽は教えない。かの女には、人を愛することを教えたいんだ。人を憎むことではなく・・・」
 シャルロットは、亡きドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーの口調で話していた。自分の父親だと思っていた男性。たとえ生物学的には彼の娘ではなかったとしても、彼はかの女の心の中では父親だった。かの女は3人の男性を父親だと思って育った。会ったことがないウワディスワフ=スタニスワフスキーを含めれば4人だ。本当の父親であるエマニュエル=サンフルーリィも、ポーランドでの父親だったアントーニ=チャルトルィスキーも、かの女にとっては大事な父親だった。それでも、父親という言葉を聞いて最初に連想するのはドクトゥールだった。
 シャルロットは苦い思いでゆりかごから目をそらした。だけど、わたしは<両親>の希望通りに生きなかった。知らずに自分の母親に会いに行き、音楽に目覚めた。フランショーム一族のフィアンセではなく、別の男性と結婚してしまった・・・。
「ああ・・・ペール=トニィ・・・」シャルロットは小さな声でつぶやいた。その目に涙があふれ出した。
 ヴィトールドは、涙ぐんだシャルロットを見て、その肩に優しく手をかけた。シャルロットにとって幸いなことに、ヴィトールドはかの女が<父親>を懐かしんでいると誤解したようだ。
「この子を幸せにする。この子には、ぼくたちと同じ思いはさせない」ヴィトールドがきっぱりとした口調で言った。
 シャルロットはうなずいた。
「わたしが彼に望むのは、人間らしい人間になって欲しいということだけ」シャルロットが言った。「ザレスキー一族のリーダーである以上に、立派な人間になってほしい」
「だが、それはかなり難しい要求だな」ヴィトールドが言った。
「わたしの祖父プランス=シャロンは、母---いいえ、リネットおばさまにこう言い残した。『何があっても許しなさい』と。そして、かの女は、自分を殺した女性を許した」シャルロットが言った。「わたしは、彼らのように生きたい。そして、この子にもそう生きてほしいの」
「何があっても許しなさい」ヴィトールドは小声で繰り返した。「・・・それが、きみのおじいさまの遺言なんだね?」
 シャルロットはうなずいた。「ええ」
 ヴィトールドはいきなりシャルロットを抱きしめた。
「・・・トールディ・・・?」
「ごめん、ティーニャ」ヴィトールドはかの女を自分の方に引き寄せながら言った。あとは言葉にならなかった。彼は、心の中でこう続けていた。《ぼくはきみを信じる。ぼくはきみを許す。なぜならば、ぼくはきみを愛しているからだ。プランス=シャロン、ぼくのもう一人のおじいさま、ぼくは、あなたの孫を誰よりも愛しています。何があっても、その気持ちは変わりません。ぼくも、あなたに誓います。何があっても、かの女を許します》「・・・そして、かの女を愛し続けます」
 シャルロットは、彼の口から飛び出した言葉に驚き、身を震わせた。
 ヴィトールドも自分が心の中の思いを言葉にしたことに、自分でも驚いた。そして、一歩退いてシャルロットの目を見た。彼は、シャルロットが不安そうに自分を見つめているのに気がついた。
「ぼくは、きみのおじいさまに、きみを幸せにすると誓ったんだ」ヴィトールドはシャルロットの目をのぞき込みながら言った。彼は、かの女が混乱している様子を見て、自分が口走った《かの女》が誰なのかシャルロットが思い悩んでいることを悟ったのである。「愛している、ティーニャ」
 シャルロットは彼の目を見て、彼が本当のことを言っているのを確信した。かの女は彼の胸に飛び込んだ。
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