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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第84章

第1544回

 オーギュストは、スタニスラスを初めて見た。子どもは、シャルロットが使っていたあのゆりかごの中にいた。
「やあ、プティ=トト」オーギュストは子どもに呼びかけた。
 スタニスラスは機嫌良さそうに腕を上下させていた。その動作をすると、大人たちはだっこしてくれる。彼はそれを知っていた。
 しかし、オーギュストはそうせずに彼を見つめていた。そして、傍らに立っていたマルグリット=マリーに言った。
「この子は、パパにそっくりだ。きっと、子どもの頃のヴィトールドはこんな子どもだったんだろうね」
 シャルロットはそれを聞いて驚いた。子どもを父親似だといった人は初めてだった。
 マルグリット=マリーはスタニスラスにほほえみかけていた。スタニスラスもかの女に機嫌良く笑いかけた。
 オーギュストは言った。「この子の母親がここにいたときのことを覚えている。天使のようなかわいい女の子だった。だが、この子は考え深そうな表情をしている。この子は学者になるかも知れないな。音楽は好きか、プティ=トト?」
 彼はそう声をかけると子どもを抱き上げ、ピアノのところに行った。そして、椅子に座り、子どもを前に座らせた。
「あっ、だめだ!」ヴィトールドは止めようとしたが手遅れだった。
 オーギュストがピアノを弾き始めたとたん、スタニスラスの表情がくもってきた。そして、わずか1分も経たないうちに子どもは大泣きし始めた。
 オーギュストはびっくりして手を止めた。
「・・・やっぱりね・・・」ヴィトールドはつぶやいた。
 シャルロットは笑いをこらえていた。スタニスラスがオーギュストの作品を嫌っていることを二人は知っていた。
 マルグリット=マリーは子どもを抱き上げ、慣れた手つきで彼を抱きしめた。スタニスラスは涙をいっぱいためた目でかの女を見つめ、不快感を顔に出していた。
「何がやっぱりなんだ?」オーギュストは振り返って訊ねた。シャルロットは笑い出すのをこらえようと涙を流していた。ヴィトールドは真面目な顔をしようと努力していたが、肩が震えていた。
「誰かほかの人の作品を演奏してみて」シャルロットはハンカチを口に当て、くぐもった声で言った。
 オーギュストは怪訝そうな顔をしながらレヴィン教授のピアノ曲を演奏し始めた。とたんにスタニスラスは泣き止み、マルグリット=マリーにほほえみかけた。オーギュストは首を回しながら全員の表情を見た。
 彼は手を止め、シャルロットとヴィトールドを見た。そして、首をかしげ、即興演奏を始めた。そして、スタニスラスの表情が変わるのを見つめながら手を止めた。
 ヴィトールドは手短に言った。「この子は、なぜか、きみの作品だけはわかるようなんだ・・・」
「まさか」オーギュストはスタニスラスの方を見ながら、即興でメドレーを始めた。そして、自分の音楽になるとスタニスラスが泣き出しそうになるのを見て驚いた。
「おまえは天才だな、プティ=トト」オーギュストはスタニスラスに言った。「フランショーム一族始まって以来の大作曲家の曲を聞き分けるとは、さすがはザレスキー一族の次期当主だ」
「フランショーム一族始まって以来の大作曲家とは、誰のことだ?」ロジェが弟に訊ねた。
 それを聞いたヴィトールドは我慢できずに笑い出し、笑いはやがて全員へと伝染した。
 シャルロットはマルグリット=マリーに言った。「ミューは、子どもの頃から、自分の作品を演奏するのが好きだったわ。それだけではなく、自分の作品を演奏させるのも好きだった。だけど、たいていの子は、彼の作品を演奏するのが嫌いだった・・・」
 ロジェは、にやにやしながらうなずいた。「そうそう。弟のコルネリウスは・・・」
 言いかけて彼はちらっとシャルロットの方を見た。「・・・彼は、ミューの作品が始まると、いつの間にか姿を消していた。実は、わたしもそうだったがね」
 シャルロットは懐かしそうに目を閉じた。
「ドンニィにも、招待状は出したのか?」ロジェが訊ねた。
「同じパリにいるからね、二人で直接挨拶に行った。結婚式の招待状を送ると言ったが、欠席するから必要ないと言っていた」オーギュストが答えた。「驚かなかったがね」
 ヴィトールドはオーギュストに言った。「きみたちは、結婚後、パリに戻るのか?」
「いや」オーギュストは答えた。「ローザンヌで暮らしていこうと思っている。レヴィン教授もスイスに戻ってきたからね」
 ヴィトールドは言った。「それならば、きみにたっての頼みがある。ぜひ、承知して欲しいんだが」
 オーギュストは首をかしげた。「ぼくにできることならば」
「実は、きみにスターシェックの音楽教師を引き受けて欲しいんだ」ヴィトールドがにやりとして言った。「ザレスキー一族始まって以来最高の大作曲家だった義母の唯一の弟子であるきみなら、わたしたちの息子に、ザレスキー一族にふさわしい音楽教育を受けさせられると思ってね・・・」
 オーギュストはヴィトールドと同じ表情をした。「・・・歴史は繰り返す、というわけか?」
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