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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第85章

第1545回

 オーギュスト=ド=マルティーヌは、結婚を機にまた自分の名を変えた。彼は、妻の姓レヴィンをとり、オーギュスト=レヴィンを名乗ることにしたのである。彼は、改名の理由をこう語っている。
「ぼくは、フランショーム一族として生まれた。本当は男性だったのに、両親の拒絶によってオーギュスティーヌ=ド=マルティーヌと名付けられた。ぼくは実の親にではなく、ザレスキー一族の人たちに育てられた。ぼくにとってクラリス=ド=ヴェルモンが母親であり、ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルが父親だった。しかし、育ての親の死によって、ぼくは二つ目の名前を与えられた。オーギュスト=ド=マルティーヌ。その名前は、本来のぼくの名前だったはずだ。だが、ぼくはその名前が嫌いだった。ぼくは、フランショーム一族の人たちに引き取られ、一族の男性たちの兄弟として育った。今、ぼくは、結婚によって新しい父親を迎えることができた。ぼくの尊敬するその男性は、養母クラリス=ド=ヴェルモンの初恋の男性だった。ぼくは、オーギュスト=レヴィンと名乗ることによって、クラウス=レヴィンとクラリス=ド=ヴェルモンの息子になれることがうれしいんだ」
 そして、その決意を聞いたレヴィン夫妻は、新しい息子を祝福で迎えた。クラリス=ド=ヴェルモンの本当の娘だったシャルロットも、オーギュストのその決意を喜んだ。かの女は、彼が自分の母親を心から愛していることをうれしく思っていた。さらに、結婚式の後、レヴィン夫妻が、オーギュストの<妹>であるかの女をも自分の娘のように思っていると言ってくれたとき、シャルロットも深く感動したのである。
 オーギュストは、シャルロットに<家族の日>の集いを再開しようと提案した。ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルが寄せ集めの家族と一緒に最初に迎えたあのクリスマス前夜祭を再現しようとしたのである。奇しくも、12月24日は、ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルの愛する妻アレクサンドリーヌの命日でもある。シャルロットもオーギュストも、研究所のあのクリスマスの雰囲気を愛していた。シャルロットはその提案に従い、その晩、T城を解放することにした。
 1902年12月24日は、ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルが初めての弟子アンブロワーズ=ダルベールを迎えた日だった。その日、彼は、わずかの使用人と寂しいクリスマスを迎えていた。妻を失ったばかりで悲しみのどん底にいたにもかかわらず、母親のように愛していたクラリス=ド=ヴェルモンの入院によって落ち込んでいた娘のオーギュスティーヌ(息子のオーギュスト)を慰めるため、ルイ=フィリップは家族だけの小さなパーティを開いた。新しい土地に移ったばかりの彼らは、大きな屋敷にふさわしい使用人をまだ雇っていなかった。屋敷にいた使用人は、シャルロットの乳母の他は、執事と門番と料理人だけだった。ルイ=フィリップは、その晩、彼ら全員を家族として同じ食卓に招いた。ルイ=フィリップとオーギュスティーヌがその晩の食事を作り、オーギュスティーヌは客たちのためにピアノを弾いてもてなした。その日、まだ高校生だったアンブロワーズ=ダルベールは、ルイ=フィリップに会うために家出してきた。ルイ=フィリップは、家出してきたフランショーム一族の少年をも食卓につかせた。
 それ以来、ルイ=フィリップは、毎年クリスマス前夜を<家族の日>と呼び、屋敷中の人間を客としてささやかなパーティを開いた。研究所の規模が大きくなると、もてなす側ともてなされる側の人間があいまいになり、みんなのパーティ、という意味合いが強くなった。使用人たちは仕事が休みになり、パーティに参加するのも参加しないのも自由になった。研究員たちが料理を作り、浮かれ騒ぐ場になった。オーギュストは毎年参加し、音楽の演奏を担当した。そこでは、クリスマスの歌からダンスの伴奏まで多彩な音楽が奏でられた。
 シャルロットは、T城で、その<家族の日>を半分だけ踏襲しようとしていた。その日が叔母のアレクサンドリーヌの命日であることから、大がかりなパーティーは行わない。ただし、使用人にはまる一日の休みを与えた。オーギュストは、使用人がいなくなった屋敷に、客を招こうと考えたのである。彼が考える客とは、シャルロット、ヴィトールド、ロジェ(と自分)の友人たちのことだった。ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーの始めたしきたりによって、招待状は出さず、来る客は拒まない。だから、どの程度<客>が現われるか、ふたを開けてみなければわからない。
 シャルロットは招待側の人間として、ある程度の客層は予測していた。まず、ヴィトールドとロジェの作家仲間たち。中でも、リオネル=デルカッセとイシュトヴァーン=ヤールダーニの二人は必ず現われるだろう。彼らが何人仲間を連れてくるかはわからないが。
 それから、ずっと友人づきあいをしているローザンヌ=アルジャ=カルテットのメンバー。音楽担当はオーギュストの仕事なので、彼らは客としてやってくる。楽器を持ってくるかどうかはわからないが、演奏したいと言い出したらオーギュストがどんな反応を示すだろうか?
 そのオーギュストの新しい家族と、ローザンヌでできた友人たち。その中には、シャルロットたちが知らない人が何人もいるだろう。新しい人間関係ができるのは、シャルロットたちにもプラスになるだろう。
 1921年12月24日。シャルロットたちは新しい<家族の日>を始めようとしていた。
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