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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第85章

第1553回

「その直前に、ずっと兄のように慕っていたフェリックス=オルシャンスキーがフランスに旅立ったのです。実の父親を探すのが目的でした。彼がいなくなって落ち込んでいたわたしを見て、公爵は転地を考えたようです。本当だったら、屋敷から外に出ない方がよかったのに、いつもの夏休みのように湖のほとりの別荘に行こうと計画を立てたのです」シャルロットは話し出した。「後で知ったことですが、その頃、毎日不審な手紙が届いていたそうです。別荘には行くなと手紙にはそう書かれていたそうです。最後に届いた手紙には、公爵が別荘へ行こうとしている日付に犯行予告があったというのです。屋敷の中に、彼とつながっている人間がいる。でも、屋敷には大勢の使用人がいました。誰が密告者か探し出すのは不可能でした」
 ヴィトールドは口をはさんだ。「使用人がたとえ何万人いたとしても、不可能なものか」
 シャルロットはその言葉に、肩をすくめて見せた。「使用人の間に、相互不信の種をまいて、いいことなんか何もないわ。わたしたちは、彼らを信じたの。かつて、門番の息子のレシェックさんを信じたように。気づかないまま利用されているかも知れない人間を、犯人扱いしたくなかったの。あのとき、レシェックさんは、ただ恋をしていただけだった。恋人に自分の主人の噂話を聞かせただけだった。だけど、事件が起きた後、彼は、自分が主人を裏切ったと思い込んで自殺してしまったの。彼は悪くなかったわ。わたしたちは、彼の死を無駄にしたくはなかったの。もう二度と、あんなことが起きて欲しくなかったの・・・」
 そして、かの女は言った。「最終的に、公爵は一つの決断を下したの。一人の男性とその息子を信じ、彼らにだけ、犯行計画があることを話したの。そして、自分にもしものことがあったとき、新しい執事として、残された妻と娘を託すと言い残したの。今、ワルシャワの屋敷を任せている人物は、その息子さんの方なの」
「それが、執事のユリアンスキーさん?」ヴィトールドが訊ねた。
 シャルロットはうなずいた。「ええ。わたしが幼い頃、勉強相手だった人よ。誰よりも賢くて、誰よりも誠実な人・・・」
 そう言うと、シャルロットはエヴァの方を見た。「・・・そして、彼は生涯最後の旅行に出かけたの。わたしたちを連れて。1912年6月14日のことだった・・・」
 その日付を聞くと、ヴィトールドの眉があがった。よりにもよって、誕生日が義父の命日とは・・・。
 シャルロットはヴィトールドの表情を見ると、悲しそうに笑った。「そうね。わたしにとって、6月14日は、いろいろな意味を持つ日付だわ・・・」
 それから、シャルロットは真剣な表情に戻った。モジェレフスキー夫妻には、シャルロットの言葉の意味がよくわからなかった。しかし、彼らは何も口をはさもうとはしなかった。
「馬車は湖にさしかかっていました。道がだんだん細くなり、馬車がすれ違うのがやっとというくらいになっていました。反対側から、ものすごい勢いでこちらに向かってくる馬車が見えました。その馬車が遠くに見えたとき、わたしは急に心細さを感じました。『あの馬車、あぶないわ』わたしはそう言いました。ですが、その言葉の意味に気づいたのは公爵夫人ただ一人だけでした。かの女はわたしにヴァイオリンのケースを手渡し、それを抱きしめるように身振りで示したんです。それでも、馬車に乗っている他の人たちは何も気づかないようでした。それどころか、公爵夫人とわたしが恐がっているのを見て、女性は臆病だ、くらいにしか思っていなかったのではないでしょうか」シャルロットの声がつまった。「公爵夫人は、ヴァイオリンケースを抱きしめたわたしを抱きかかえ、そのまま床に押し倒しました。かの女はわたしにのしかかるように床に倒れたのです。その直後、わたしは押しつぶされるような重みを感じ、気を失いました」
 シャルロットはぎゅっと目を閉じ、しばらく何も言わなかった。それから、かの女は目を開いた。
「たぶん、それはほんのわずかのことだったと思います。わたしは、馬車が大きく揺れたはずみで目を開けました。何かが焦げるような匂いと、暑さと窮屈さを同時に感じました。わたしは、自分の上に横たわって気を失っていた公爵夫人、そして、かの女の上に血まみれで倒れていた公爵の体の下から這い出ました。立ちあがろうとしても、足は言うことを聞きませんでした。二人に声をかけましたが、返事はありませんでした。煙が上がり、前が見えなくなりました。わたしは、ヴァイオリンケースを持ち、腕だけで馬車の外に転がり落ちました」シャルロットが言った。「顔を上げたとき、誰かがそばに駆け寄り、わたしの頭にピストルを突きつけました。わたしは、その人物がフェリックス=ザモイスキーであることに気づきました」
 3人は驚いてシャルロットを見つめた。
「彼は、わたしを見ると、不敵な笑いを浮かべました。わたしは、彼に言いました。『どうして、わたしを殺さないの?』でも、彼は答えませんでした。無表情なままわたしを見つめているだけで、引き金を引こうともしませんでした。『早くわたしを殺して。わたしは、生きていたくありません。わたしを愛してくれる人が一人もいない世界に残るのは嫌。わたしを愛する人たちのところへ、今すぐに連れて行って』」シャルロットは言った。
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