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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第85章

第1557回

 シャルロットは身をよじるようにしてすすり泣いていた。かの女が後悔していることは誰の目にも明らかだった。
「ごめんなさい、フェリックス・・・ごめんなさい」やがてシャルロットはその場に跪き、胸を打ちながら泣き続けた。
 もう限界だ、エヴァはそう思った。これ以上、この情景を見てはいられない。
 エヴァはシャルロットに駆け寄り、しっかりと抱きしめた。
「泣かないで。あなたは悪くない」エヴァは優しく言った。「あなたが悪いんじゃないわ。彼は、自分の犯した罪を償っただけよ。お願い、自分を責めないで」
「許して」シャルロットは言った。
「許します。だから、泣かないで」エヴァが言った。シャルロットはその腕の中で泣き続けた。エヴァは、小さい子どもにするように優しく背中をさすり続けた。
 やがて、ヴィトールドがエヴァの腕からシャルロットを引き寄せた。
「ありがとう」シャルロットはそう言いながらエヴァから離れ、ヴィトールドの腕の中に飛び込んだ。
「ありがとう、エヴァ」ヴィトールドが言った。「今は、きみの言葉がとてもうれしい。かの女も落ち着いてくれるだろう」
 シャルロットは涙をふき、無理にほほえもうとした。しかし、涙は止まらなかった。
 エヴァはたった今起こったことにショックを受けていた。何ということだ。自分がしたことが信じられない。自分は、兄の死のきっかけとなった女性を、あんなに簡単に許してしまった。自分が不幸な少女時代をおくったきっかけを作ったあの少女を、心から不憫に思った。自分が愛した男性の妻であるかの女を、本気で慰めたいと思った。この自分がそんな気持ちになるなんて、ほんの1時間前だったら絶対に考えられないことだった。ヴィトールドがかの女を抱きしめているのを見ても心が痛まないなんて、ついさっきまで考えたこともなかった。
 そうだ。こういう女性だったからこそ、兄は最後の瞬間までこの女性に憧れ続けたのだ。こういう女性だからこそ、ヴィトールドはそばにいてあげたいと思ったのだろう。この自分だって、かの女に対してそう思ったくらいだ。
生きるんだ。きみは、みんなに愛される女性になり、必ず幸せになれる
 エヴァは、ヴィトールドの腕の中で幼子のように泣いている女性をみて、心の中で言った。
《フェレック、あなたの最期の言葉を、正しい相手に届けたわ。かの女は、あなたの遺言通り、誰にでも愛される女性だわ。これであなたも満足でしょう? あなたの仕事は終わったのよ・・・》
 フェリックスは永遠に19歳のままなのだ。目の前のこの女性と同じ年齢で、彼は逝ってしまった。こんなに若かったのに。
 モジェレフスキーは、絶望したように泣いている少女のような女性を見つめ続けていた。かの女の表情を見て、彼はふいをつかれた気分になった。今のシャルロットは、自分を保護してくれる大切な家族を失ったあのときの子どもを思わせた。同時に、幼い頃に何度も見た聖母像を思わせた。彼は胸を締め付けられるような気持ちを味わっていた。彼はかの女を慰めたいと思った。あの少女に駆け寄り、『もう大丈夫だよ。もう誰もきみを傷つけたりしない。わたしがきみを守る』そう声をかけたいと思った。そして、かの女に、あの聖母像のほほえみを取り戻させたかった。自分の初恋の女性そっくりなこの女性に笑顔を取り戻させる人間が自分でありたかった。
 そうだ。可能なら、ヴィトールドに取って代わりたい。彼よりも先にかの女に会いたかった。初恋の女性そっくりなこの少女を、自分が幸せにしたかった。かの女があのほほえみを自分に向けてくれれば、ほかに何もいらないとさえ思った。かの女のそばにいられるのなら、何を犠牲にしてもいい・・・。
 モジェレフスキーは、自分が知らず知らずのうちにヴィトールドをにらみつけているのに気づいた。何ということだろう。自分は、彼に嫉妬している?
 モジェレフスキーが最初にわれに返った。「・・・さあ、そろそろパーティーの会場に戻らないと」
 ヴィトールドはシャルロットに何か耳打ちした。シャルロットは涙をふき、青ざめた顔にほほえみを浮かべようとした。しかし、かの女が今まで泣いていたことは誰の目にも明らかだった。
 シャルロットは最後にエヴァにもう一度頭を下げた。「わたしは、生きている間、12月25日をけっして忘れないわ」
 その言葉に対し、エヴァは黙って頭を下げた。自分も、生涯12月24日を忘れられそうもない。
 ヴィトールドはドアを開け、モジェレフスキー夫妻を先に部屋から出した。そして、泣きやもうとしているシャルロットをその場に残したまま、自分も部屋をあとにした。
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