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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第85章

第1558回

 ヴィトールドは会場に戻ると、リオネル=デルカッセに近づき、彼に何か耳打ちした。リオネルは静かに部屋を出て行った。
 部屋の中では、酔っ払ったオーギュストがピアノを弾いていた。そして、彼のまわりで何人かの男性たちが品のない替え歌を披露して笑い転げていた。そのほとんどが、ヴァンドルディに集まる詩人たちだった。オーギュストはちょっとの間に、初めて会ったばかりの男性たちと意気投合してしまったらしい。
 女性たちは、彼らと離れたテーブルで、ローザンヌ=アルジャ=カルテットのメンバーたちを囲み、彼らが語る外国の物語をうっとりとしたように聞いていた。
 残りの人たちは何人かずつ固まって何か話をしているか、ゲームに興じていた。ただ、ロジェだけはどのグループにも属さず、心配そうにドアの方を見つめていた。彼は、ヴィトールドたちが出て行って以来、心配で仕方がなかったのである。彼はヴィトールドの表情を見て、安堵の表情を浮かべた。シャルロットの姿は見えないが、彼らの間には何も起こらなかったらしい。ただ、モジェレフスキー夫妻はどこか疲れて見えた。
「どうやら、心配するようなことはなかったようだね」ロジェはモジェレフスキーに声をかけた。
 エヴァが答えた。「わたし、兄を主人公にして次の小説を書こうと思ったの。テロリストになった少年の話を」
 ロジェはぎょっとしたようにエヴァを見たが、エヴァはすまして続けた。
「シャルロットさんが、兄のことを話してくれたの。わたし、彼のことを書けば、何か吹っ切れるような気がして・・・」そう言うと、エヴァはドアの方をちらりと見た。
 ロジェはかの女の視線を追った。そこには、リオネルとシャルロットが立っていた。そして、ヴィトールドがゆっくりと彼らに近づくのが見えた。ロジェが見ていると、彼らは何かを話し、リオネルは何度かうなずいていた。
「みなさん」ヴィトールドは会場のまん中にシャルロットと並んで移動しながら声をかけた。
 決して大きな声ではないが、ヴィトールドの声は不思議によく通る声である。彼らは一斉に二人に視線を向けた。
「この場をお借りして、みなさんにご報告したいことがあります」ヴィトールドは静まりかえった人たちに向かって言った。「実は、シャルロットとぼくは、来年の夏、新しい家族を迎えることになりそうです。ドクトゥール=デルカッセが知らせてくれました」
 その知らせを聞くと、歓声と拍手が起こった。そして、ヴィトールドとシャルロットの周りには、祝福する人たちが集まり始めた。
 エヴァは、誰にも注目されていないことをいいことに、ゆっくりと部屋から出た。いや、かの女のその動作を、シャルロットは目で追っていた。シャルロットは少しずつ会場を移動しながらエヴァに近づこうとした。
 廊下の隅で、エヴァは声を殺して泣いていた。かの女は、人の気配を感じ、顔を上げた。
「あなたにだけは見られたくなかった」エヴァはそうつぶやいた。そして、かの女はポーランド語で言った。「どうしてあなただけなの? 世の中は、なぜこんなに不公平にできているの?」
 そう言うなり、エヴァは身を翻して外に飛び出していった。
 シャルロットは、悲しそうにかの女の後ろ姿を見送った。
 後に、エヴァ=リーベルマンは、自分の半生を書いた<ヴィスワは絶えず流れる>にこの日の出来事をこう記している。

シャルロット=ザレスカという女性は、わたしがそれまでに会ったどの女性にもない魅力を備えている人物だった。---(中略)---そしていま、かの女は愛する男性の子どもを身ごもっている。わたしが一度も経験したことがない喜びを、身を持って体験している。新しい家族を迎えると発表したときのかの女の夫の表情は、この上もなく幸せそうだった。わたしは、何でも持っているように見えるあの女性に対して不公平だと思った。かの女はすべてを持っていて、わたしには何もないと。つらかった。でも、もっとつらかったのは、耐えきれなくなって涙を流したのを、よりにもよってかの女に見られてしまったことだ。そのときかの女が浮かべていた表情をわたしは決して忘れないだろうと思った。わが子を慰めようとしている母親の表情・・・。人間には、あれほどの慈愛の表情を浮かべることができるものなのだろうか? かつて、ヴィトールド=ザレスキーはわたしにこう言ったことがあった。『苦しんだ人間は、受けた苦しみと同じだけ幸せになれます』・・・。恐らく、かの女は今の幸せをつかむまでに、多くの苦しみを乗り越えてきた人物なのだろう。フェリックスが予言したことは正しかった。かの女は、その苦しみと引き換えに、みんなから愛され、幸せになった。かの女を見ていて、あのときヴィトールドが言いたかったことがはっきりわかった。わたしも、幸せだと心から思える日を迎えることがきっとできるはずだと。わたしにとって、1921年12月24日は決して忘れられない日となった。
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