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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第87章

第1579回

 1923年が始まってまもなく、マックス=アンセルはヴィトールド=ザレスキーのもとを訪れた。ヴィトールドとオーギュストの間に起きた言い争いのことを耳にしたアンセルは、友人であるオーギュストの側に立つことを決めた。それは、T城の子どもたちとの別れを意味した。ヴィトールドはアンセルの言葉を聞くと、小さくため息をついた。
「・・・あなたは、ぼくたちの争いとは無関係であって欲しかった」ヴィトールドはそう言った。
 アンセルはゆっくりと首を横に振った。「わたしは、オーギュの友人です」
「その前に、あなたは一人の教育者であると思っていました」ヴィトールドはそう言うと、もう一度ため息をついた。
「わたしは、一人の教育者です」アンセルは言った。「そうでなかったら、もっと早くここに来ていたはずです」
 ヴィトールドはしばらく黙った。やがて、彼は大きく息を吸ってから口を開いた。
「・・・あなたは、わたしの過去の経歴を誰かから聞いたことがありますか?」
「噂によると、あなたは、サン=シール陸軍士官学校をご卒業されたエリート軍人で、先の大戦の英雄だったとか」アンセルが言った。「オーギュの話では、あなたは彼と同じ学校の出身で、在学中は常に学年でトップの成績だったそうですね」
 ヴィトールドは首をかしげた。「それだけですか?」
 アンセルは額にしわを寄せた。「あなたは、ご自分の功績を自慢なさりたいんですか?」
「まさか」ヴィトールドは肩をすくめた。「・・・それでは、オーギュストは、あなたに何も話していないのですね?」
 アンセルは硬い表情をくずさなかった。
「あなたは、恐らく、ぼくを貴族のお坊ちゃまだと思っておられるでしょう。エリートコースを歩んできた秀才だと」ヴィトールドは言った。「あなたの考えは間違っていません。ぼくは、確かにそういう人間です」
 ヴィトールドはそう言うと、目の前のティーカップをソーサーごと手にした。そして、紅茶を一口だけ口にした。それから彼はゆっくりとティーカップをテーブルに戻した。小さい頃から身についている優雅な動作だった。
「・・・ぼくは、早くに両親を亡くし、物心ついたときには祖父の元にいました。彼は厳しい人間でした。ぼくは、彼を満足させようと努力しました。ですが、彼は決してぼくに満足することはありませんでした。ぼくは彼と激しい喧嘩をして、それをきっかけに家を飛び出しました。そのとき、ぼくは10歳でした」ヴィトールドは話しだした。「ぼくは、記憶だけを頼り、遠い親戚のいるパリを目指しました。その列車の中で、ぼくの人生は決まったのです。ぼくの向かい側に乗っていた男性は、ぼくの身の上話を聞き終わるとこう言いました。『わたしは、学校の経営者をしている。わたしの学校に来ないか。わたしは、やる気のある優秀な生徒を決して拒まない。わたしの学校には、奨学制度がある。全寮制の学校だから、その奨学金さえあれば生活に困ることもない。ただし、その奨学金は、学年でトップの成績を取った人間にしか出さない。入学してからずっとトップの成績であれば、全くお金の心配なく学生生活を送れ、卒業試験をトップで終えれば大学への奨学金も出る。どうだ、挑戦してみないか? 誰の助けも借りずに大学まで行って、おじいさまを見返してやる気はないか?』」
 アンセルの表情が動いた。
「ぼくは、決して秀才なんかじゃありませんでした。下級生だったオーギュストにはどう見えたか知りません。たぶん、ぼくは奨学金などもらう必要がないお金持ちのお坊ちゃまに見えたでしょう。確かにぼくは、幼い頃はそういう環境で育ちました。ですが、学生時代のぼくはそうではありませんでした。必要なものはすべて与えられましたが、他の人といっしょにおやつを買ったりすることは出来ませんでした。余分なこづかいをもらっていませんでしたから。ぼくは努力し続けました。常にトップの成績を取らなければ、退学させられるからです。退学するということは、自力で勉強する環境を奪われることを意味します。だから、ぼくは夢中で高校生活を駆け抜けた。ぼくの置かれている本当の事情を知る人間はごくわずかだったでしょう。ただ、当時を知るほとんどすべての人は、ぼくは、秀才でエリートだと信じています。そう見えるよう、ぼくはかなり努力をしました。こうして、ぼくはぼくを知る人たちにとっての<レジェンド>になったのです。シャルロットとは別の意味でね」
 そう言い終えると、ヴィトールドの表情は柔らかくなった。
「あなたも教育者なら、教育の大切さがおわかりのはずです。ここの子どもたちがあなたにとって単なる実験台だとは、ぼくには思えません。ぼくがあなたたちの<学校>を陰ながら支援していたのは、あなたが子どもたちを生まれや育ちや年齢や性別によって区別しなかったからです。ぼくの息子たちと、使用人たちの子どもたちを平等に接し、学ぼうとする子どもたちを一人も拒まなかった。ぼくは、あなたを本物だと思いました」ヴィトールドはそう言うと立ち上がり、深々と頭を下げた。
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