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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第87章

第1580回

「お願いします。どうかここの子どもたちへの教育から手を引かないで下さい。もし、あなたがたがここを出るとおっしゃるなら、この近くに家を借りることで手伝いをさせて下さい。そして、彼らの教育を続けていただきたいのです。もちろん、家賃も教育費もこちらで負担します。そして、可能なら、規模を大きくして他の子どもたちも受け入れてもらえたら・・・。そうなれば、本当の学校になります」
 アンセルも立ちあがった。「他の人の意見も聞いてみましょう」
 アンセルと友人たちが出した結論は、子どもたちの教育だけはこれまで通り続けるということだった。
 協議の末、彼らは、T城からできるだけ近くに学校を移転することにした。折良く、T城から子どもの足で約5分のところに偶然売り出しに出されていた古い建物があった。もともと寄宿舎として使っていた建物で、建物の所有者はアンセルとヴィトールドの計画を聞くと、売却に乗り気になった。そこで、彼らは近所に住む人たちを説得して、建物を小学校風にアレンジしてもいいと許可をもらった。その学校に自分の子どもたちを通わせることが可能だと知った近所の人間たちは、学校建設に賛成に回った。ヴィトールドが最後にしたことは、屋敷中の子どもたちはもちろんのことであるが、新しい学校の近所に住み、そこに入学を希望する子どもたちまで無料で通わせるために相当額の資金を出したことだった。そのため、新しい小学校の最初の卒業生たちのみならず、開校当初からの生徒たち全員は、奨学金で学業を終えることとなる。それは、のちに<ヴィトールド=ザレスキー記念奨学金>とよばれる、この学校オリジナルの奨学金制度の原形となった。
 新しい小学校には<パエッタ通り小学校>というなんの変哲もない名前がついた。学校の場所に由来する名前だった。この小学校は、のちに<ヴィトールド=ザレスキー記念パエッタ通り小学校>と正式に改名された。ただし、一般には、偉大な教育者として名を残した初代校長の名前を取って<アンセル校>と呼ばれることがほとんどだったが。
 ヴィトールドが子どもたちとお金を出しただけで学校の経営には口を出さなかったため、オーギュスト=レヴィンは学校に戻ってきた。しかし、ヴィトールドとオーギュストは決して同じ場所に現われることはなかった。シャルロットも積極的に学校の仕事に携わることは少なかった。かの女は子どもたちに音楽を教えるのではなく、絵の時間の手伝いをした。シャルロットがピアノを弾きながら話すお話を聞きながら、子どもたちは思い思いに絵を描いた。子どもたちにとって楽しい時間だった。その時間だけは、ロジェ=ド=ヴェルクルーズも授業を見学に来ていた。彼はシャルロットが子どもたちに話を聞かせているのを見ているのが好きだった。そのときに即興で演奏する音楽を聞くのが楽しかった。さらに、話が盛り上がっていったとき、身振りを加えた演技をする様子を見たかった。そんなとき、彼は自分が置かれている状況を忘れることが出来たからだ。しかし、誰も口にはしなかったが、ロジェの状態がよくないことは彼を知る誰もが気がついていた。
 そんなある日の朝、ヴィトールドは、朝食が終わってみなが食堂から去った後、シャルロットに向かってこう言った。
「昨日、変な夢を見た」
 シャルロットは首をかしげ、ヴィトールドを見つめた。
「夢の中に、母が出てきた」ヴィトールドが言った。「かの女は、ぼくにロザリオを手渡した。そのロザリオは途中で切れていた。玉の数を数えたら、ちょうど30個だった。ぼくは、かの女に何か言おうとしたら、かの女が言った。『この娘は、わたしが守るわ』」
 シャルロットは目を見開いた。ヴィトールドはそこで言葉を切り、妻の表情をじっと見つめていた。突然、かの女は何かを悟ったような表情を見せ、身体を一瞬硬直させた。青い目から涙があふれ出し、かの女は天井の方を見上げた。
 ヴィトールドは、妻が何かを言い出すのをじっと待った。しかし、シャルロットは何も言わなかった。それを見ているうちに、彼は次に用意していた言葉を口に出すのを止めようと思った。彼は、その夢を、亡き母親が彼の娘の誕生を示唆し、祝福している夢だと思っていた。ところが、シャルロットの表情を見ているうちに、彼は夢の中のディテールをもう一度考え直すに至った。
 あのロザリオは、母が彼に託した<希望>に間違いない。だが、なぜ玉は30しかなかったのだ? その<30>に何か意味があったのか?
 ヴィトールドははっとした。彼は、シャルロットが考えていることを読み取ろうとした。もしかすると、シャルロットはその夢の最悪のメッセージを受け取ったのかも知れない。彼の母は、夢の中でも愛する息子にロザリオをおくった。かの女のメッセージは、<希望>だったはず。その希望とは、いずれ彼に待望の娘が生まれるということだ。だが、その娘は、30歳までしか生きられない。だから、その娘を祖母は必死で守ろうと思ったのだ。
「・・・この子は、女の子なのね」シャルロットはおなかを軽く撫でながらつぶやいた。
 ヴィトールドは驚いたようにシャルロットを見つめた。その視線は、ゆっくりと腹部まで下がり、もう一度かの女の目に戻った。彼の顔がぱっと輝いた。彼は黙ってシャルロットの手を握りしめ、何度もうなずいた。
「そうだ。ぼくたちの希望だよ、ティーニャ」
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