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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第88章

第1600回

 いつものようにノッカーを3度たたき、シャルロットはドアを開けた。
「おかえりなさい」執事のエルネスト=シュミットはいつもと同じように出迎えた。彼は、シャルロットの後についてきた男たちを見て---シャルロットのすぐ後ろに立っていた人物を見て---驚きを隠せなかった。「ドクトゥール・・・?」
 スティーヴンはにっこりして答えた。「よくわたしの職業を当てましたね。わたしは、ドクトゥール=ド=ルージュヴィルと申します」
 相手が誰かわかると、執事の目に涙があふれてきた。「ティーヴィさま・・・?」
 スティーヴンの目が大きく見開かれた。「まさか、エルネストさん・・・?」
 きづたの家の執事マクシミリアン=シュミットは、長年T城の執事をしていたシュミット家の出身である。マクシミリアンは、ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィル(ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリー)がT城を出たときに同行し、そのままミュラーユリュードに住み着いた。彼の息子であるエルネストは、もともとローザンヌ生まれだったが、ミュラーユリュードで育ち、T城の執事だった祖父の後を継ぐためにこの地に戻った。エルネストは、幼い頃のシャルロットやアレクサンドル(スティーヴン)のことを知っていた。ほんの数年、一緒に遊んだだけだったが。彼らよりも年上だったエルネストは、自分とシャルロットたちとの<身分>が違うことをよく承知していたので自分から距離を置いて彼らとつきあおうとしていたが、彼らの方は彼を同等の人間として接していた。もちろん、当時のシャルロットは、社会的な立場を理解できるような年齢になっていなかったが、ドクトゥールは子どもたちに、どんな人に対しても同じように接するように教育した。シャルロットとオーギュストは、自分よりも年上の人間はすべて<さん>付けで呼ぶようにしつけられた。それを見ていた彼らと同年代だったほかの子どもたちも、二人の子どもたちに倣った。
「・・・マクシミリアンさんの息子さんの?」スティーヴンはそう言うと、彼の肩を抱いた。
 スティーヴンは彼から離れると、にっこりしてこう言った。「今のわたしは、アレックと呼ばれているんです」
 執事の近くに立っていた二人の女性は目を丸くした。そのうち一人は、その表情をほころばせた。
「ティーヴィさま・・・いえ、アレックさま・・・お元気そうですね?」
「マダム=ブーレーズ」スティーヴンは、フェリシアーヌ=ブーレーズに気づくと、うれしそうに言った。「お久しぶりです。あなたのお父様は、相変わらずお元気ですよ。もちろん、アドーニスさんも」
 それを聞くと、フェリシアーヌもうれしそうに笑った。かの女の父親であるパスカル=ブーレーズは、長年T城の門番をしていた。彼もまた、若い主人がミュラーユリュードに移ったとき、一緒について行った人間だ。娘のフェリシアーヌは、やはりT城に勤めていたいとこと結婚して夫に先立たれた後、シャルロットの乳母に選ばれ、紆余曲折を経て、シャルロットに従ってT城にやってきた。父親のパスカルとは、かれこれ7~8年は会っていないはずだ。息子のアドーニスとは、一年に一度くらいの頻度で会っているが、疎遠なことには間違いない。今ではアドーニスが祖父の後を継いでいるからだ。T城に勤めている人間の大多数は、そうやって先祖代々ド=ルージュヴィル家に仕えている。
 例外はごく少数だ。たとえば、フェリシアーヌの横に立っていたジェルメーヌ=ベニエがそのひとりだった。かの女は、T城にやってきたとき、幼い子どもを抱えた未亡人だった。クラリスの娘の乳母として雇われたが、その娘が生後わずか3週間でなくなった(本当は、二人の子どもが入れ替わったのだが)あと、幼い子どもを抱えて失業しかけたかの女をそのままT城においたのがルイ=フィリップだった。ルイ=フィリップがミュラーユリュードに家を建てて出て行ったとき、彼を慕う使用人の何人かが同行したが、ジェルメーヌは幼い子どもと一緒にそのままT城に残った。そのときの子ども(マルク=ベニエ)はT城で成長し、やがてT城の使用人となった。彼は屋敷で小間使いをしていた女性と結婚した。マルクの妻のほうのベニエ夫人は、スタニスラスの乳母となり、屋敷内で母親のジェルメーヌの地位がさらにあがった。
 ジェルメーヌにとっては、ルイ=フィリップの息子であるスティーヴンは、恩人の息子同様のはずだった。しかし、スティーヴンが誰か気づいた瞬間のジェルメーヌの表情には、喜びのかけらもないことにシャルロットは気づいた。一瞬の後、ジェルメーヌの表情がほころんだが。
「アレック、こちらはマダム=ベニエ---ここの女性使用人たちのサブ=リーダーです」シャルロットがスティーヴンに言った。「ジェルメーヌさん、彼は、フィルおじさまの息子のアレクサンドル=ド=ルージュヴィルです」
 ジェルメーヌが挨拶しようとしかけたとき、スティーヴンの方がかの女の前にひざまずき、右手を優しくとり、指先にキスした。
 
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