FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第88章

第1606回

 シャルロットはわざと手を引っ込めた。男性がこんな風に手を握るときは気をつけなければならないということは、すでに経験済みである。かの女は、彼の足のことをあえて頭から閉め出した。ロジェもコルネリウスも義足だったが、二人ともシャルロットの助けなしに歩けた。この男性も、ちゃんとステッキを持っている。自分の助けは不要だ。だから、シャルロットは、彼のステッキを拾うために手を離したのだと周りの全員に思わせるような動作で彼から離れたのである。
「では、ヴィトールドが使っていた書斎にご案内します」シャルロットが言った。
 シャルロット自身、ヴィトールドが亡くなってから一歩も足を踏み入れたことがない場所だった。ただ、これだけの人間が一緒なら、<彼の聖地>に行っても大丈夫だろうとかの女は考えたのである。
「この家には、3つの書斎があります」シャルロットはドアを開けながら言った。「ここは、ヴィトールドが使っていた書斎です。彼の前には、ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリー・・・フィルおじさまの書斎でした」
《そうだったね》というように、オーギュストはうなずいた。彼は、書斎にいる若きルイ=フィリップの姿を覚えていた。
 スティーヴンは優しい表情を浮かべ、一歩中に入った。「ここが、父の・・・?」
「ええ。その前は、ひいおじいさまのスタニスラス=ド=ルージュヴィル公爵の書斎だったそうです」シャルロットは振り返り、ライモンドの方を見た。「ここは、代々この家の主が使っていた書斎でした」
 オーギュストの心が痛んだ。そうだ、この書斎の次の主は、兄のコルネリウス=ド=ヴェルクルーズになるはずだ。
 そのとき、ノックの音がして、執事のエルネスト=シュミットが入ってきた。
「奥さま、弁護士のラトゥールさまがお見えですが・・・?」
 シャルロットは、「客間にお通しして。わたしたちもすぐに参ります」と答えた。
 部屋を出ようとしたシュミットに、シャルロットは声をかけた。
「シュミットさん、リオネルにも同席するように伝えてください。子どもたちは乳母たちに預けてください」
「かしこまりました」そう言うと、彼は部屋を出て行った。
「弁護士?」オーギュストは繰り返した。「ぼくたちが同席してもいいのか?」
 シャルロットはうなずいた。「遺言状を持ってきたんです。みなさんにも---立会人としてドクトゥール=デルカッセにも---同席していただきたいんですが」
 ライモンドはびっくりしたような顔をしたが、シャルロットに『あなたにも』という視線を送られ、ゆっくりと後に従った。
 シャルロットはラトゥール氏に会うのはこれで3度目だった。
 数年前、シャルロット、ヴィトールド、ロジェはそれぞれ遺言状を作成していた。その後、ほかの二人が遺言状を書き換えたかどうかは知らない。シャルロットは、二人の遺言状の中身によっては、自分の遺言状を書き換えなければならない、と思いながら客間に向かった。
 客間に全員がそろった後、まず、ロジェの遺言状が読み上げられた。彼には財産と呼べるようなものはほとんどない。父親はほとんどのものを正当な息子であるコルネリウスに遺贈していて、彼には親から譲られた不動産などはないからだ。ロジェの遺言状では、小説の版権などを含む<遺産>のほとんどすべてを実の弟であるオーギュストに譲ることが明記されていた。ただ、普段から肌身離さず身につけていたペンダントだけはスタニスラス=ザレスキーに譲る、とあった。その他としては、書きかけの小説、机の引き出しに入っている日記を含め、身の回りのものすべてを一つ残らず焼却処分にすることという項目があるくらいで、誰にとっても予想外の内容ではなかった。
「・・・では、あすから、ロジェの机の周りの片付けをします。彼の遺言通り、身の回りのものはすべて焼却します」シャルロットはそう言い、その場の全員が同意を示した。「ただ、もし希望があれば、彼が使っていた万年筆など彼の思い出になるものを、何か一つだけ取ってください。すべて焼却処分と言っても、形見分けくらいは許してもらえるわよね、ミュー?」
 オーギュストはうなずいた。
 次いで、ヴィトールドの遺言状が読み上げられた。皆が最初に驚いたのは、その遺言状の最終更新日だった。1925年3月4日。彼の誕生日の---命日の---前日。彼は、急に遺言を書き換えたのである。
 ヴィトールドの遺言状の骨子は、自分がフランスとスイスで築き上げた財産全部を<パエッタ通り小学校>に遺贈し、シャルロットと子どもたちには、アファナーシイ=ザレスキーから相続したポーランドの財産を相続させるという内容だった。彼は、最初に結論を述べ、各論を後に・・・という形式で遺言状を書いたのである。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ