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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第88章

第1607回

 ヴィトールドは、自分が受けた教育のことを忘れてはいなかった。彼は、サント=ヴェロニック校での生活すべてを奨学金制度でまかなった人間だ。彼は、自分も創立に携わった小学校のことを---そこに通う生徒のことを---念頭に遺言状を作ったのだった。まず、彼の残した財産を基金として、奨学金制度を作ること。彼は、その小学校出身者で特に優秀な生徒たちを大学まで進学させようと考えた。お金がないために夢をあきらめてはいけない---彼は、自分の出身校であるサント=ヴェロニック校の奨学金制度をさらに大規模なものにしようとしたのである。第二のドニ=フェリーを出さないために・・・。次に、<ギュスターヴ=フェランの懐中時計>の版権を学校に譲った。子どもたちの読み書きの力を伸ばすため、数カ国語に訳して出版することを可能にするためである。
 次の項目は、結論はわかっていたものの、その場にいる誰にとっても衝撃的なものだった。
 ヴィトールドは、残された家族にポーランドの財産を残すにあたって、自分の子どもたちの後見人にライモンド=コヴァルスキーを指定した。シャルロットには、自分の子どもたちを<パエッタ通り小学校>ではなく、ポーランドで教育させるようにと言い残したのである。子どもたちには独立したポーランドで、ポーランド人として育ってほしい。もしこの一年、自分の身に何も起こらなかったら、自分が全員をポーランドに連れて行くつもりだが、もしも不幸にも自分の<予感>があたってしまった際は、子どもたちをポーランドに連れて行き、最低限、彼らが10歳になるまではそこで教育してほしい---ただ、子どもたちが、両親の母校であるサント=ヴェロニック校に進学したいと希望した場合は、その意思を優先させてほしいのだが---可能なら、ポーランド人としてポーランドで人生を全うしてもらいたい。それが、父親としての希望である。ポーランド行きに際しては、いとこのライモンドに、未亡人であるシャルロットを助けてもらいたいと言い残した。自分にもシャルロットにも、ポーランドに財産がある。ポーランドに戻れば、暮らしていくこと自体には問題はないだろう。できれば、シャルロットにライモンドとの再婚を考えてほしい。もちろん、双方がそう望めば、であるが。そして、ライモンドの助けを借り、スタニスラスを立派なザレスキー家当主にしてほしい・・・。
 そのくだりを聞くと、オーギュストは顔をしかめた。
 シャルロットは思わず下を向いた。3月4日。そうだ、あのときの会話を念頭に、ヴィトールドは遺書を書き換えたのだ。自分がコルネリウスと再婚しないと言ったから、彼は自分の子どもたちをライモンドに託したのだ・・・。
 かの女は、顔を上げ、ライモンドの方を見た。ライモンドは、真っ赤になり、優しいまなざしをシャルロットに向けていた。
「ひざまずくのは難しいので、立ったままで失礼します」ライモンドはフランス語で声をかけた。「わたしは、本心からあなたの子どもたちの父親になりたいと望んでいます」
 オーギュストは、威嚇するような視線をライモンドに送った。
「わたしの望みは、あなたに真心を返してもらうことだけです」ライモンドは続けた。「わたしのほうは、あなたに心からの忠節を誓います」
「それは、プロポーズですか?」スティーヴンは口を挟んだ。
「ええ、そうです」ライモンドはきっぱりと言い切った。「こんなときに不謹慎かもしれませんが、はっきりさせておいた方がいいと思いまして」
 そう言うと、ライモンドはシャルロットの手を取った。
「わたしと結婚してください、ブローニャ」
 シャルロットは真っ赤になった。一方、オーギュストはつかみかからんばかりの勢いでライモンドに詰め寄った。
「返事は、お子さんが生まれた後でいただきます」ライモンドは優しい笑みを浮かべて続けた。「それまで、じっくり考えてください。どちらにしても、あなたとお子さんたちは、ヴィトールドの遺言通りにポーランドに来ることになるでしょう。わたしはあなたのお子さんたちの後見人として、あなたたち全員を守ることを誓います。わたしの望みは、そのときあなたが妻としてそばにいてくれることです」
 シャルロットはゆっくりと手を引っ込めた。
「かりにあなたの返事が<ノー>であったとしても、わたしはあなたたち一家がポーランドにいる間、あなたたちを守ります」ライモンドが言った。「ヴィテックは、あなたたちをわたしに託しました。わたしは、必ず彼の信頼に応えます」
 シャルロットは、ライモンドのまなざしから深い愛情を感じた。彼は、間違いなく自分を愛している。それも、何年も前からずっとだ。彼を見ていて、かの女はそれを確信した。
 オーギュストはラトゥール氏に言った。「そんなことが認められるものか。そもそも、これは、本物の遺言状なのか? ヴィトールドは、ザレスキー家当主だったのに、どうしてかの女がドンニィと再婚するのを妨げるような遺言を残したんだ?」
 ラトゥール氏は静かな口調で言った。「これがザレスキー伯爵の遺志なのは間違いありません。書類には、彼のサインがあります」
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