FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第88章

第1610回

 その翌日の朝、シャルロットはロジェの私室に一人でいた。前日に、<形見分け>は済ませた。あとは、少しずつ彼の身の回り品を処分していこうと考えていた。
 シャルロットは椅子に座って机を眺めた。ごく最近まで、一緒に仕事をしていた場所だった。病気が悪化した後、彼は新しい机を買って自室においた。正面に一つ、両側に4つずつ、計9個の引き出しがある机だった。<一番上の引き出し>と彼が呼んでいた正面の引き出しだけは、シャルロットも開けたことがある。そこには、筆記用具が入っているからだ。
 まず、そこを開けると、中身はがらんとしていた。どうやら、リオネルたちが中身を持ち去ったらしい。
 シャルロットは、向かって左側の一番下の引き出しを開けてみた。そこには、手紙の束が入っていた。ほとんどがファンレターのようだ。彼は、ファンレターには全部目を通し、可能な限り返事のはがきを書いた。ほとんどが、1~2行のものではあったが。しかし、ここにある手紙の数は、彼がもらったファンレター全部とは考えにくい。かの女は好奇心から、上から順番に3通読んでみた。共通する点がいくつかあった。ファンレターなのだから、彼の小説に対する賛辞が書かれているのは当然として、3通にはほかにも共通点があった。登場人物の誰かに思い入れが強く、今後、その人物がこうなるといいな・・・という願望が書かれていた。たとえば、最初に読んだ<ムーンライト=ソナタ>の読者の手紙では、『セルジュ〔主人公の弟〕に本当のことを最後まで知らせないでください。もし、彼が自分の兄フェリシアン〔主人公〕と初恋の人〔ヒロイン〕がお互いに惹かれ合っていると知ったら、兄の死後---わたしの予想では、兄のフェリシアンは自殺する、と見たのですが・・・きっとそうなりますよね?---立ち直れなくなってしまいますから・・・』という具合だ。彼が残したファンレターには、捨てるに捨てられない読者の思いが詰まっていた。
 シャルロットはロジェがうらやましいと思った。自分の小説の登場人物たちに対する愛情を書き連ねてくる読者が、こんなにたくさんいるなんて、彼は幸せだった・・・とシャルロットは思った。シャルロットも、<バラ園>という小説だけは有名になったが、そのときでさえこれほどの熱烈なファンレターをもらったことはほとんどない。ファンレターの数だけは多かったが、こんなに熱心なファンがどれだけいただろう?
 シャルロットは引き出しから手紙を全部取りだし、読まずに少しずつ暖炉の火にくべた。全部終わると、一つ上の引き出しに移った。そこには、リオネルや小説家仲間の手紙のほか、シャルロットやオーギュストからの手紙も入っていた。生きている人たちには手紙を返そうか、とシャルロットは一瞬考えたが、ロジェの遺言を思い出し、全部焼却処分にすることに決めた。プライヴェートなものなので、自分が出した手紙を含めどの手紙も例外なく、封筒から中身を取り出さずに火にくべた。
 かの女は、その引き出しの底に仕掛けがあることに気づいた。板を外してみると、そこに何通か手紙があった。『あら、秘密のラヴ=レターかしら?』と思う前に、かの女はそれが自分宛の手紙だと気づいた。コルネリウスの筆跡だった。
ぼくは、何通か手紙を書いた》シャルロットは、コルネリウスから来た最後の手紙の文章を思い出した。彼は、本当に手紙を書いていたのだ。そして、ロジェはそれがシャルロットの手に渡らないように隠したのだ。
・・・ロジェ、これが、あなたが告白しようとしていたことだったのね・・・?
 シャルロットはその事実に驚いた。怒りはなかった。そこにあったのは、悲しみだった。かの女は引き出しに入っていた7通の手紙を取り出した。どれも封を切った形跡はない。ロジェ自身も、手紙を読んではいなかったのだ。
 シャルロットは封筒を抱きしめて、目を閉じ、しばらく物思いにふけった。
 やがて、シャルロットは目を開けた。やっぱりこの手紙を読まずにポーランドへ行こう。もし、中身を読んでしまったら、自分はヴィトールドの遺志に従うことができなくなるのはわかりきっている。コルネリウスのことだから、手紙に《愛している》などと一言も書いていないだろうが、それでも彼の手紙を読んでしまったら、読む前の自分でいられる自信はなかった。そうだ、そうしよう。同じ細工をしておけば、あとでこれを見つけた誰かが、細工のために気づかなかったのだと思ってくれるだろう。中を見なかったのだから、ロジェとの約束を完全に破ったことにはならない。そもそも、これは自分宛の手紙だ。もし、将来、誰かがこれを見つけても、<ロジェの遺品>だとは思うまい。
 そう決心すると、かの女は手紙を読まずにもう一度同じ場所に片付けた。
 シャルロットは、もう一段上の引き出しを開けた。そこに入っていたのは、何枚かの原稿だった。それは、元気な頃に考えていた次の小説の創作メモだった。決して完成することがないとわかっていたその作品を、ロジェはなかなか見限ることができなかったらしい。かの女はそれも火にくべた。
 一番上のひきだしに入っていたのは、何冊かのノートだった。問題の日記帳だ。しかも、この引き出しのものが一番古い分らしい。シャルロットは、表紙に書かれた日付を頼りに、古いものから順に火にくべた。ロジェと約束したとおり、中身は一切見なかった。その引き出しには、古い日記帳しかなかった。
 そして、向かって右側の引き出しに移り、今度は一番上の引き出しを開けた。引き出しいっぱいにノートが入っていた。日記帳の続きらしい。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ