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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第89章

第1622回

 その日、T城の中にいた人間はごくわずかだった。子どもが生まれたため、シャルロットが従業員たちに半日休暇を与えたからである。ライモンドとオーギュストは、人が少なくなった台所からお酒をくすねても良かったのだが、「今日みたいな日は派手に飲もう!」と執事を含む何人かを誘って飲みに出かけた。
 アレクサンドルは彼らとは同調しなかった。シャルロットに頼まれたメダイを作ってくれる宝石屋を探さなければならなかったからだ。メダイは、子どもの洗礼式に間に合わせなければならない。名前も決まったことだし、早めに注文しようと思っていた。どちらにしても、彼はアルコールに弱かったので、みなと同調するつもりはなかった。彼はアンブロワーズ=ダルベールに宛てた手紙を投函する目的もあったので、単独行動を取った。
 さて、いい気分で戻ってきた男性たちが見た物は、煙に包まれた<我が家>だった。一気に酔いが覚めた彼らは、それぞれ自分がすべきことをしようとした。執事は火を消すために人を呼ぼうとしたし、ライモンドとオーギュストはシャルロットの無事を確かめようとし、マルク=ベニエは、妻と息子が中にいると確信していて、彼らはそれぞれの<家族>を探すために屋敷に飛び込んだ。
 彼らが2階に駆け上がったとき、廊下の奥の方から女性の悲鳴が聞こえた。そちらの方向はすでに煙が回っていて、一番奥はすでに見えなくなっていた。しかし、シャルロットの寝室が煙の方向にあると知っていたライモンドとオーギュストの二人は、悲鳴を聞くと凍り付いた。ただ、オーギュストはその悲鳴の主がシャルロットではないと確信していた。幼い頃からかの女の声を聞き慣れていたオーギュストには、かの女の声が区別できた。彼は生まれつき耳が良く、7人の女性が同時に話をしてもシャルロットの話だけを聞き取ることさえできたくらいである。
「・・・あれは、きみの奥方じゃないよな?」オーギュストはマルクに訊ねた。
「あなたも違うと思いますか?」マルクが訊ね返した。
「質問に質問で返すものじゃない・・・」オーギュストが言いかけたとき、3人の耳に飛び込んできた声は、まぎれもなく赤ん坊の泣き声だった。オーギュストは青ざめ、駆けだした。
「ミュー、ハンカチで口をふさぐんだ!」後ろでライモンドが叫んだが、オーギュストの耳には届かなかった。彼はマルクが胸につけていたクラヴァットを外そうとしているのをちらっと見てから、ポケットから出したハンカチを口に当てた。マルクも走りながら自分のクラヴァットで口をふさいだ。
 オーギュストは咳き込みながら部屋に飛び込んだ。彼の目に飛び込んだのは、赤ん坊を抱いた女性が、続き部屋のドアの前で立ちすくんでいる姿だった。部屋の向こうでは真っ黒い煙と何かが燃えている音がした。オーギュストは、その女性がシャルロットだと思い込み、驚いた。
「こんなところで何をぐずぐずしているんだ、はやく逃げるんだ!」オーギュストはそう叫ぶなり、続き部屋に飛び込んだ。そこに倒れている女性の姿を見て、彼は声をかけた。「マダム=ベニエ!」
 遅れて部屋に入ってきたマルクは、その声を聞き、「どっちのマダム=ベニエだ?」と叫びながら続き部屋に飛び込んだ。
 その間に、オーギュストは窓際に駆け寄り、鎧戸を開けるなり、近くにあった椅子でガラス窓を破った。
 新鮮な空気が部屋に入ったことで、火の勢いが増した。部屋に続いて入ってきたライモンドは、書棚のようなものが焼け落ちるのを見た。大きな書棚は、赤ん坊を抱いた女性に襲いかかろうとしていた。
「あぶないっ!」ライモンドはとっさに二人を突き飛ばした。ライモンドは二人が立っていた場所に残された。彼は家具の下敷きになった。
「ライ!」振り返ったオーギュストは、ライモンドが家具の下に沈んでいくのと、その家具が女性の頭を直撃したのを見た。かの女は赤ん坊をかばうように倒れた。
「シュリー!」オーギュストはそう叫びながら駆け寄った。かの女は、赤ん坊をオーギュストに手渡し、何か話そうとしたまま息を引き取った。オーギュストは赤ん坊を抱き上げ、振り返った。
「シュリー、しっかりしろ! 死ぬんじゃない!」オーギュストは叫んだ。「ライ、きみは大丈夫か?」
「・・・ああ、まだ生きているよ」家具の下から声がした。「だが、家具がどうも邪魔だな」
「ちょっと待っていろ、今行く・・・」オーギュストは涙声になっていた。
「いや、自分のことは何とかする。二人を連れて逃げてくれ」ライモンドの声がした。
「シュリーは、もうだめだ。せめて、きみと赤ん坊だけでも助けなきゃ・・・」
「一刻を争うんだ。とにかく、子どもを連れて逃げるんだ・・・」
 彼がそう言ったとたん、また何か家具の倒れる音がした。家具はオーギュストのすぐ横に倒れ、火がオーギュストの服に燃え移り、オーギュストは大きな声で悪態をついた。
 ライモンドは家具の隙間から、オーギュストが火だるまになりかかっているのを見た。「はやく逃げろ! 窓からだ!」
「わかった。きみも早く来いよ」そう言うと、オーギュストは火だるまになりながら、窓の外へと姿を消した。
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