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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第89章

第1627回

 その彼らの目の前で、2階の一番端の窓から火に包まれた大きなものが落ちてきた。火に包まれたその物体は、どう考えても人間だった。あんなに大きな人間は、オーギュスト=レヴィンしかいない!
「ミュー!」スティーヴンはそう叫びながら大きな火の玉に向かって走った。
 オーギュストはとっさに手に抱いていたものを放し、地面を転げ回った。スティーヴンはオーギュストが手放したものを抱き上げた。それは、気を失っていた赤ん坊だった。オーギュストがあれだけ火に包まれていることを考えれば、奇跡的といえるほど無傷な赤ん坊だった。スティーヴンは子どものやけどを調べた。ほとんどやけどの跡はない。
 スティーヴンは後から走ってきた執事に赤ん坊を手渡すと、オーギュストの方にかがみ込んだ。
 オーギュストは気を失っていた。スティーヴンが揺り起こすと、彼は小さくうめいた。そして、かすれた声で言った。
「・・・クラリスおばさま・・・」彼はそう言いながら涙をこぼした。
『この曲は、<悲しき歌>というの。昔、大切な人を失ったときに作った曲』クラリスはピアノを弾きながら声をかけた。『あなたには、そんな悲しい別れがありませんように。幸せになってちょうだい、ミュー。そして、ユーフラジーをお願いね・・・』
 オーギュストはかすかに目を開けた。「・・・かの女は?」
「無事だよ」スティーヴンは、オーギュストが赤ん坊のことを聞いたのだと思って返事した。「きみが助けてくれたんだよ」
 オーギュストはゆっくり首を振った。「嘘は言わないでくれ。かの女は、あそこで死んだんだ」
 スティーヴンが口を開こうとするのを、オーギュストは止めた。
「・・・クラリスおばさま、ごめんなさい・・・ぼくは、あなたとの約束を守れそうにありません・・・もう、あなたのところに行ってもいいでしょう・・・?」オーギュストはそういうと静かに目を閉じた。
「どこか痛むか?」スティーヴンがそっと訊ねた。
「ああ。体中どこも痛いんだ、シュリー・・・」オーギュストはそう言ってほほえんだ。
 スティーヴンの腕の中で、オーギュストの体が急に重くなった。彼は気を失ったのではなかった。
「ミュー!」スティーヴンは彼を抱きしめて叫んだ。
 そして、彼はオーギュストを横たえ、立ち上がった。彼は、燃えている屋敷の方に向かって駆け出そうとしていた。
「アレックさま!」執事はスティーヴンの体を後ろから押さえた。「どこへ行こうと言うんですか?」
「あの中に、シュリーがいる。子どもたちが。ライモンドが・・・」スティーヴンはそう言うと、執事を振り払おうとした。「彼らは、ぼくが助けに行くのを待っているんだ」
「あなたを必要としているのは、この女の子です」執事が、フェリシアーヌの腕の中にいる赤ん坊の方を指さしながら言った。「あなたは、医者でしょう? まず、かの女の手当てをしてください。奥さまたちにもしものことがあれば、この赤ちゃんにとってあなたが唯一の保護者になります。あなたは、ご自分のただ一人のお嬢さんを孤児になさるおつもりですか?」
 スティーヴンはその言葉を聞くとはっとして動きを止めた。
 つい数時間前、シャルロットはスティーヴンに言った。『あなたは、この子の父親になってちょうだい』と。そうだ、この子はわたしの娘だ!
「わかった・・・」スティーヴンが言った。そして、彼は威厳を持った口調でその場の全員に告げた。「・・・みんな、聞いてくれ」
 その場にいた人たちは、私語をやめ、一斉にスティーヴンの方を見た。
「火事が収まるまで、なるべく家族単位で行動してほしい。希望するものがいれば、消火活動に戻ってくれ。ただし、くれぐれも無理をしないこと。明日の朝6時に、この場所で全員の安否を確認するので、忘れずに集まってほしい。いいか、一人残らず、生きてこの場に戻ってきてほしい。話は以上だ」スティーヴンが言った。「さあ、みんな、消火活動を手伝ってくれる人以外は、できるだけ家から離れてくれ」
 スティーヴン自身は、反対に家の方へと進んだ。何人かの人間は、スティーヴンの後に従い、消火活動に戻ろうとした。執事のシュミットは、子どもを連れた女性たちを安全な場所に誘導し始めていた。
 しばらくして、シュミットは、自分が管理している羊たちの中に、フェリシアーヌと赤ん坊がいないことに気づいた。しかし、彼は、スティーヴンが赤ん坊の手当てをしているのだろうと思い込んだ。
 一方、消火活動中にけがをした人たちの手当てをしながら、スティーヴンは自分の患者の中に小さなアンジェリークがいないことを一瞬だけ不審がったが、フェリシアーヌと安全な場所に行ったのだと思った。二人とも、目の前の仕事に集中するあまり、お互いのグループがどう行動しているのか連携を欠いていた。
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