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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第90章

第1645回

『かつて、伯父のロベールが言った。人生には、重大なターニングポイントがあると・・・。彼は、クラリス=ド=ヴェルモンという女性を愛した。だが、彼はかの女の前から二度も逃げ出した。最初にかの女の前から去ったあと、かの女は絶望のあまり別の男性に身を任せた。彼はそれを知らずに、もう一度やり直そうとしてかの女の前に出た。その彼に、かの女はその男の子どもを身ごもっていると告げた。そして、彼の前でドアを閉めた。彼は、茫然としたままその場から立ち去った。その後、彼は、その場から立ち去ったことを、死ぬまで後悔し続けた。自分は、そこから立ち去るべきではなかったと。そのドアを壊してでも、中に入らなければならなかったのだと・・・。自分は、肝心なときに弱くなったばかりに自らの幸せを棒に振ってしまった、と。彼にとって、それが人生のターニングポイントだった。だが、ぼくには、ドアの前に立つことさえ許されなかった。彼ではなく自分を選んで欲しいとかの女に言う機会さえ与えられなかった。ぼくは、かの女の婚約者だったはずなのに。シュリー、きみはぼくに、自分を選んでほしいという機会さえ与えてくれなかったよね。ぼくはずっとそう思っていた。だが、本当はそうじゃなかったと今ならわかる』
 スティーヴンは、思わず首をかしげた。
『きみは、ぼくに何も言わないまま、あの男と結婚してしまった。あのとき、ぼくを含めて、誰もが、勝負は終わったと考えたはずだ。でも、本当はそうじゃなかったんだ。こんなことになるのなら、ぼくはきみをあの男から奪い取るんだった。きみが誰の妻であっても、ぼくはきみを迎えに行くべきだった。たとえ、きみが誰の子どもを身ごもっていたとしても、ぼくはきみをここから連れ去るべきだった。いや、あのときそうしなくても、3月に行動を起こすべきだった。あの男がこの世を去ったと聞いたときに・・・。ぼくは、優柔不断だった自分を、決して許すことはできないだろう。ぼくの人生は、たった今終わった。ぼくは、これからの人生を、後悔しながら生きていくことになるだろう・・・』
 そう言うと、彼は弱々しくほほえんだ。
「・・・いや、そうじゃない。ぼくの人生は、ここから始まるんだ」コルネリウスは、言葉に出してそう言い、シャルロットの手にキスをした。それから、彼はひざまずいたまま振り返った。
「シュリー、きみは、今でも生きている。少なくても、ぼくの心の中に。ぼくはそう信じている」コルネリウスは優しい口調でこう続けた。「だって、ぼくは約束したんだ。覚えているだろう? ぼくは、きみだけを一生愛し続けると。もし、きみが先に逝ってしまっても、きみはずっとぼくの心の中で生き続けることを、みんなの前で宣言すると」
 サルヴァドールも涙ぐんだ。そうだ、サント=ヴェロニック校で彼と友人になってから、彼は亡くなったフィアンセの思い出を何度も聞かせてくれたものだ。彼は、クラスメートたちの前で、この台詞を何度も口にした。だが、彼のフィアンセは死んではいなかった。にもかかわらず、彼の手に戻ってきたフィアンセを、彼は再び失ってしまった。そして、今度こそ、二度と彼の元に戻っては来ない。サルヴァドールにはわかっていた。彼は、かの女の死を自分の目で確かめなければならなかったのだ。これからの長い人生をひとりきりで送っていくために・・・。
「シュリー、これできみはぼくだけのものになったんだね」コルネリウスはそう言い、棺桶のふたを自ら閉じた。
 立ち上がったコルネリウスに対し、スティーヴンはこう訊ねた。
「・・・ミューにも会っていくか?」
 コルネリウスは、口の端をゆがめてほほえんだ。「いや、遠慮しておくよ。何を話したらいいかわからないし」
「でも、一応、弟だろう?」
「彼には会いたくない。素直に言葉をかけられるとは思えないんでね。本当は、アンジェリークの命を救ってくれてありがとう、というべきなんだろうが、ぼくがいうのもおかしいだろう?」コルネリウスは悲しそうにほほえんだ。「それどころか、彼の襟首をつかんで怒鳴ってしまうかもしれない。『どうして、シュリーを救ってくれなかったんだ? どうして、一緒に死んでしまったんだ?』って。・・・いや、そうじゃないな」
 そう言うと、コルネリウスはにやっとして続けた。「『きみは、たまたまシュリーと同じ日に天国に行っただけだ。間違っても、天国で二人で一緒に幸せに暮らそうなんて思うなよ。もし、かの女に言い寄ったら、ぼくが天国についたとき、ただじゃおかないからな』・・・そんな言葉を口走ってしまいそうだ。どう考えても、死んだ弟に聞かせる言葉じゃないよな?」
 のちに、ノルベールはフランソワ=ジュメール宛の手紙に、《ぼくは、これまでの人生で、こんな愛情のこもった言葉を聞いたのは初めてです》と書き送っている。コルネリウスの姿を見て、ノルベールは最後にシャルロットに会わなくてよかったと心から思った。自分は、シャルロットに対してこれほどまでの愛を示す自信がないと感じたからである。
 《この人にだけはかなわない。》ノルベールは、その手紙の最後にこう書いている。
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