FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第90章

第1648回

 コルネリウスは一瞬ためらってからその手を取った。「・・・コルネリウス=ド=ヴェルクルーズです」
 微妙な間に気づいたライモンドが言った。「ヴィトールドを知っているんですね? 驚いたでしょう、彼にそっくりで?」
 コルネリウスはうなずいた。
 その表情を見ると、ライモンドの顔からも笑みが消えた。
 二人の男性は、無表情のままお互いを見ていた。
 ライモンドは、コルネリウスがシャルロットのフィアンセだったということを知っていた。そして、かの女が今でも彼を愛しているということを。かの女は口に出してそう言ったことは一度もなかったが、かの女と4ヶ月暮らした今ではそれがよくわかる。本当は、彼に本当のことを話したい。そして、彼と一緒にフランスへ戻りたい。かの女がそう思っているのは間違いない。だが、かの女がずっと思い続けていたのが、こんな男性だったとは。ライモンドの目に映るコルネリウスは、平凡な男性だった。どちらかといえば、美男子の部類には入るだろう。シャルロットと並べば、美男美女のカップルではある。しかし、彼は弟のオーギュストのような頼りがいのある男性には見えないし、いとこのスティーヴンのように知性とユーモアを持ち合わせている男性にも見えない。たぶん、亡くなった兄のロジェのようなロマンティストでもないだろう。もっとも、ロジェのことは彼の残した小説でしか知らないが・・・。なるほど、この男性なら、ヴィトールドが亡くなった妻のことを、彼ではなく自分に託して逝ったわけがわかるような気がする。
 コルネリウスに初めて会った人間は、彼を見ると平凡な男性だと思う。本当は、それが彼の作り上げた虚像なのだが、たいていの人間にはそれがわからない。彼は堅い鎧の中にいて、第一印象だけで、彼がいかにすばらしい人間かに気づく人は少ない。ライモンドも例外ではなかった。ライモンドは、この男性にはシャルロットはふさわしくない、自分がかの女を守るのだ・・・そう決心を固めたのである。
 一方、コルネリウスは、初対面である目の前の人間が、自分に対して好意を持っていないことに気づいていた。おそらく、自分がかつてシャルロットの婚約者だったことを誰か---たぶん、ヴィトールドもその一人だろう---から聞いているに違いないと思った。この人物から感じるのは《シャルロットの婚約者だった男性とは、どんな人間だったのだろう?》という好奇心のようなものではない。むしろ、《どうしてこんな男がシャルロットの気持ちをとらえたのだ(自分のほうが、何倍もすぐれているはずなのに)?》と思っているかのようだ。この人は、生前のシャルロットのことを知っている。いや、それだけではなく、未亡人であるシャルロットに愛情を持っていたはずだ。そうでなければ、こんなふうな目で自分を見ないはずだ。彼は、自分の表情をさっと消し、いつものポーカーフェイスに戻った。そして、唇の端をゆがめた笑いを浮かべた。
《ぼくの勝ちだ》といわんばかりのコルネリウスの笑みを見て、ライモンドは不思議な屈辱感を覚えた。《かの女のそばにいたのに、とうとうかの女の愛情を奪い取ることができなかったんだろう?》コルネリウスはにやりとしてライモンドにそう伝えていた。ライモンドにもそれが通じた。だから、ライモンドの方が先に目をそらした。
 スティーヴンは二人の間の無言の争いに終止符を打った。
「この男性は、シャルロットを助け出そうとして、火の海に飛び込んでいった。そして、シャルロットを守ろうとして家具の下敷きになった。シャルロットは、家具の下敷きになって死ぬことはなかったが、煙に巻かれてしまった。この人は、命は助かったものの、二度と歩けない体になってしまったんだ」
 コルネリウスは、ショックを受けて一瞬固まった。驚きからさめると、彼はライモンドの車いすの前でひざまずいた。「・・・ありがとう」
 それを見たライモンドは言葉に詰まった。彼は動揺を隠しきれず、かすれた声で言った。
「・・・こちらこそ、かの女を助けられなくてすまなかった・・・」
 コルネリウスはライモンドの手を取った。「代われるものなら、あなたと代わりたかった。あなたの代わりに、あの場にいたかった。かの女のために命を投げ出そうとしたのが、自分だったら良かった・・・」
 そして、彼は立ち上がった。「かの女の分も生きてください。そして、あなたを救ったその女性と、いつまでも幸せに暮らしてください」
『本当にそうしてもいいのか・・・?』ライモンドは出かかった言葉を飲み込んだ。コルネリウスの優しい笑みを見たからだった。
 シャルロットも、コルネリウスの笑みを見て驚いた。その表情は、クラリス=ド=ヴェルモンを愛していると表明したときのエマニュエル=サンフルーリィ---そして、ロベール=フランショームのものだったからだ。コルネリウスは、今、幸せなのだ。なぜならば、今、彼の心は永遠にシャルロットと---天国にいる唯一の理想の女性と---一緒にいるからだ。シャルロットは、そんな彼に、ゆっくりとうなずくことしかできなかった。
 そして、コルネリウスは先に立って墓地の方へと歩き出した。
「さようなら。元気でな」スティーヴンは二人に声をかけ、コルネリウスのあとを追った。
 二人はしばらく彼らを見つめたあと、墓地を去っていった。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ