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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第90章

第1649回

 アンブロワーズ=ダルベールは、二人連れとわかれたあと、歩きながら苦笑していた。
「・・・なんてことだ。今の自分は、誰を見てもシャルロットさまに見えるようだ」ダルベールはそうつぶやいた。たった今すれ違った黒服のほっそりとした背の低い女性の姿は、昔のシャルロットを思わせた。黒いベールの下からは白い包帯がちらっと見えた。きっとかの女もあの火事の犠牲者の一人だったんだ。あの車いすの男性同様に。だが、あの二人は助かったのに、自分の大事な女性は助からなかった・・・。
 彼は、ド=ルージュヴィル家の墓に着いた。新しい花束がいくつもあったので、彼にはその場所がすぐにわかった。歴代の公爵たちとその妻たちは立派な墓に入っていた。その一角に、慎ましい白い墓があった。名前と生没年月日だけが墓石に刻まれているだけの新しい墓。ザレスキーと名乗る家族たちの墓だ。ヴィトールド、その妻、子どもたち---白い墓は全部で5つあった。
 彼は、《ユーフラジー=シャルロット=ステファニー=ザレスカ》と刻まれた墓の前でひざまずいた。
「シュリーさま」ダルベールは、墓に持ってきたバラの花束を置くと冷たい墓石をそっとなでた。「あなたがここにいるというのは、本当だったんですね」
 そう言うと、彼は天に目をやった。「神よ、わたしはあなたにお願いしましたよね。どうかかの女をお守りください。この人に降りかかる不幸は、わたしがすべて引き受けます。もしも、かの女を連れて行くというのなら、わたしがいつでも身代わりになります。わたしの命でよければ、いつでも喜んで差し出します。もし、このひとを失ったら、わたしは、もう生きてはいられません。そのときには、わたしを一緒に連れて行ってください・・・そうお願いしましたよね。でも、かの女は逝ってしまい、わたしはここにいます。どうしてですか? どうして、わたしの命を奪わないんですか? 今すぐにわたしの上に雷を落としてください。わたしもかの女のところに行きたい」
 彼の目から涙がこぼれ落ちた。「・・・わたしの願いは、聞き入れられないんですね・・・」
 彼は墓石の方に視線を落とした。墓石は涙でかすんで見えた。彼は墓石にそっと口づけをすると、ポケットから護身用の小さなナイフを取り出した。
「やめてください、アンブロワーズ!」そう叫ぶのと、後ろから羽交い締めにされるのが同時だった。スティーヴンは墓の前に座り込んでいるアンブロワーズ=ダルベールを見るなり、気配を消してそっと近づいていた。まさか彼がナイフを取り出すとは思わなかった。スティーヴンはとっさにダルベールに飛びかかっていた。
「止めるな!」ダルベールは叫んだ。「頼む(モン=デュー)、見逃してくれ。もう生きていたくないんだ」
「<神よ(モン=デュー)>と口にしながら自殺するのは、正しいことではありません」スティーヴンが言った。「信じてください・・・」
「信じない!」ダルベールはスティーヴンの言葉を遮った。「わたしは、もう神なんか信じない。あんなに祈ったのに、わたしの手から命よりも大切な人を奪っていくような神なんか信じられない。シャルロットさまを返してほしい、いますぐに。・・・ほら、できないんだろう? それでも信じろって言うのか?」
 ダルベールの正面に回ったコルネリウスは、ダルベールの手からナイフを奪い取った。
「返せ! ドンニィ、よくもそんな・・・」ダルベールは吠えた。その声が途中で途切れたのは、コルネリウスが彼の腹部を拳で殴ったからだ。ダルベールはそのまま気を失った。スティーヴンが後ろで羽交い締めにしていなかったらその場に倒れていただろう。
「うっ・・・」スティーヴンはダルベールの体が急に倒れかかったので思わずうめいた。
「ごめん。でも、こうするしかなかった」コルネリウスが言った。
 スティーヴンはダルベールの体を地面に寝せた。
「・・・どうしよう?」スティーヴンがコルネリウスを見上げて訊ねた。
「このままにしておけないだろう?」コルネリウスは簡潔に答えた。
 スティーヴンはちょっと考えてから渋々うなずいた。「仕方ないな。背負って連れて行くしかないだろう。可憐な女性でなくて残念だけどね」
「すまない」コルネリウスが言った。「こんな足でなければ、代わってやれるんだが」
 スティーヴンはコルネリウスの手を借りてダルベールを背負った。
「・・・うーん、やっぱり重いな。ドンニィ、先に行ってタクシーを呼んできてくれないか?」スティーヴンが言った。
「わかった」コルネリウスはそう言うと、彼の足で可能なだけの高速のスピードで歩き出した。
 スティーヴンは、やれやれ、とため息をついてゆっくりと歩き出した。
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