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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第90章

第1650回

 コルネリウスとスティーヴンがT城に到着したとき、その異様な姿を見ても顔色一つ変えずに執事はこう言った。
「お帰りなさいませ。お客様がお見えになっております。客間に案内いたしましたが・・・」
 二人は顔を見合わせた。
「客人・・・?」スティーヴンが口を開いた。
「作曲家のレヴィンさまです」執事は、『そういえばおわかりでしょう?』と言いたげなまなざしでスティーヴンを見た。
「・・・?」スティーヴンは首をかしげ、「ミューか?」と訊ねた。
 エルネスト=シュミットは、父親そっくりな<無表情>で---と、スティーヴンは思った---彼を見つめた。
「御義父さまのクラウスさまの方です」執事は自分の感情を完全に封じた表情で告げた。
「・・・」スティーヴンも執事にならって表情を封じた。
 かわりに、コルネリウスが言った。「すまないが、誰か手伝いを頼む。この人を、どこか適当な長いすにでも案内したいんでね」
 執事は、彼らを客間に案内する代わりに、その場を去った。
 クラウス=レヴィンは、部屋に入ってきた奇妙な三人組を見て、座っていたいすから立ち上がった。彼の目は、スティーヴン、コルネリウスと順番に移動した。コルネリウスを見ると、彼の表情は心なしか和らいだ。
「クラウス=レヴィンと申します。はじめまして」クラウスの言葉には、この屋敷の人たちのフランス語と同じなまりがあった。「あなたが、コルネリウスさん・・・ですね?」
 スティーヴンは、クラウスに注目されていない間に、背中の荷物---アンブロワーズをソファに寝かせるために移動した。
「コルネリウス=ド=ヴェルクルーズです」コルネリウスは短く挨拶した。彼の名前だけは知っていた。弟のオーギュストの妻だった女性の父親だ。そればかりではなく、彼はオーギュスト自身の師でもある。そして・・・。
「ミューにはあまり似ていないんですね」
「彼は、母親似でしたから」コルネリウスは言った。「彼のお母様は、とても美しいひとでした。子どもの頃の彼は、ほんとうにかわいい女の子に見えましたよ。誰が見ても、男の子だとはわからないくらいに・・・」
 クラウスは少し驚いたような顔をした。
「成長してからは、誰が見ても男らしい人間になりました。彼は、騎士だったんです。愛する女性を守るために彼は生きました・・・」コルネリウスはそう言うと、言葉を切った。その先は、この人にだけは聞かせてはいけない言葉だと思ったからだ。
 しかし、クラウスはコルネリウスの言葉に素直に首肯した。「そうですね。わたしの娘は、それを承知の上で彼と結婚した。かの女もまた愛に生きた人間だった。かの女は彼しか愛さなかった。かの女なりに幸せな人生だったと思いますよ。わたしに遠慮する必要はありません」
 そう言うと、クラウスは続けた。「そして、ミューもまた、初恋の女性を生涯思い続けた。彼は、5歳の時に出会った女性---決して自分のものになるはずのない女性を愛し続けたんです。彼は、その女性と同じ名前を持つ、その女性の孫を守り抜いて死んでいきました。今、彼は、大好きだったただ一人の女性---クラリス=ド=ヴェルモンと一緒に、思う存分好きな音楽を奏でているんじゃないかしら・・・そばに、マルゴとシャルロットさんを侍らせてね・・・」
 クラウスはそう言うと、目を潤ませた。
 コルネリウスは黙っていた。彼はこれまで気づかなかったのだ。ミューはシャルロットを愛しているのだとばかり思っていた。しかし、そうではなかった。ミューは、シャルロットの中に、初恋の人の面影を見ていただけだったのだ。クラウスに指摘されるまで、彼はそれに気づかなかった。だが、言われてみればその通りだ。シャルロットだけを愛している自分には、周りの男性はすべてシャルロットに夢中になっているに違いないという思い込みがあったのは事実だ。オーギュスト自身も、はじめは自分の本心に気づいていなかったに違いない。シャルロットがクラリスのほんとうの娘だということを知ったあとで、オーギュストは初めて自分の気持ちに気づいたのだ。そして、それを知っていたはずのクラウスとその娘は、オーギュストを受け入れた・・・。
「あいつは、マルゴとの結婚を求めてやってきたときにこう言ったんです。『自分はやっと本当の家族を持つことができました。クラリス=ド=ヴェルモンを母と、クラウス=レヴィンを父と呼ぶことができます。これから、オーギュスト=レヴィンと名乗ってもいいでしょうか?』とね。これで、万事丸く収まると思った。それなのに・・・。あいつは、本当に親不孝な息子だった」
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