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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第91章

第1656回

 あのとき以来、ライモンドはシャルロットを<クリーシャ>と呼ぶようになった。クリスティアーナ=コヴァルスカと名乗ることになった女性を、ブローニャとかシャルロットと呼ぶのはおかしい、とシャルロットが主張したからである。ライモンドは、屋敷の人たちに、火事の概略を説明した。そのとき、シャルロットを自分の命を助けてくれた女性、と紹介した。その日以来、シャルロットは子どもたちの本当の母親だと名乗るのをやめた。子どもたちがヴィトールドの忘れ形見であることは、誰の目にも明らかだったからだ。そして、ヴィトールドの妻が火事で亡くなったことは、ワルシャワ中の誰もが知っていた。ライモンドは、小さな子どもたちが、母親にそっくりなクリスティアーナを亡くなった母親だと思い込んでいると説明していた。子どもたちがいくら『この女性は、本当にママンだってば!』といっても、『なんといっても、まだ小さな子どものいうことだから』と思い込むように仕向けたのである。どちらにしても、現在は、彼らは一つの家族になっていた。時間がたてば、子どもたちはライモンドを本当の父親だと思うようになるだろう・・・周りでは皆そう考えていた。
 シャルロットは、この家がヴィトールドの住んでいた家であり、屋敷の使用人のほとんどがザレスキー家ゆかりの人間だと知って驚いた。1920年にアファナーシイ=ザレスキーが亡くなったあと、ライモンドはこの家に移り住んだ。いずれヴィトールドが戻ってきたときまで屋敷を管理する人が必要だと思ったからだ。ライモンドは、病気がちの父親と一緒に住んでいた家を出て、ザレスキー家にやってきた。ヴィトールドが帰ってきたときに、できるだけ元からの使用人が残っていた方がいいとは思ったが、彼にはぎりぎりの使用人を置くだけの財力しかなかった。アファナーシイにずっと使えてきた老執事が引退したあと、ライモンドは代わりの人間を置かなかった。自分と、姉の息子の二人しかいない家に、それほどの使用人が必要だとは思わなかったし、ヴィトールド自身に執事を決めてもらうつもりでもいた。そのため、彼は使用人たちのほとんどを解雇した。もし、ヴィトールドが戻ってきたあとで彼の元で働きたいときには戻ってくるように、と言い、普通では考えられないくらい多額の退職金を手渡した。
 その5年後、ヴィトールドが突然手紙をよこした。遺言状を書き換え、自分が亡き後、妻と子どもたちのことを任せたい。相談したいこともたくさんあるから、ローザンヌに来てほしいと書いてきたのである。ライモンドは、その手紙を受け取ると、直ちに旅支度をした。ヴィトールドに会いたかったし、彼が選んだ女性に会ってみたかったからだ。その女性こそ、幼いときからあこがれていた、<クラコヴィアク>のブローニャだということを知っていたからだ。ローザンヌに着いてからは、そこでの出来事を、彼はヴィンツェンティにこまめに書き送っていた。ヴィンツェンティは彼が車いす生活になったことは知っていたが、結婚したということは知らされていなかった。
 彼らがワルシャワに着いてから3日後、ライモンドの父親ヤロスワフが連絡をよこした。彼は、ライモンドが連れてきた人たちを見てみたいという好奇心を抑えることができず、招待される前にやってくると言い出したのだ。そのため、ライモンドは家族を連れてコヴァルスキー家を訪問することに決めた。予想していたよりも早い訪問となったが。
 ヤロスワフは、息子がスイスから連れてきた女性があまりにも若いことに驚いた。スイスの平民の出身だと聞いていたが、その女性が美しいうえに上品で、さらに流ちょうなポーランド語を話すことにさらに驚かされた。
「さて?」ヤロスワフは挨拶がすむとシャルロットに言った。「スイスにザレスキー一族がいたとは知らなかったが?」
「わたしは、ザレスキー家の人間ではありません」シャルロットは丁寧なポーランド語で言った。「ご当主のヴィトールドさまのことは存じておりましたが、わたしは、あんなに美しい目をしてはいません」
 ヤロスワフはにやりとした。「あなたの目は美しい。だが、あなたの美しいところは、目だけではありませんよ。あなたは、全部が美しい」
「まあ・・・」シャルロットは絶句した。
「息子より先にあなたにお目にかかりたかった。そうしたら、今頃あなたはヤロスワフ=コヴァルスキーの妻だったはずだ」ヤロスワフはそう言って笑った。そのほほえみは、ライモンドよりもヴィトールドのそれを思わせるものだった。「わたしのほうが、息子よりもずっとあなたにふさわしい」
「そこまで、です」ライモンドはむっとしたように遮った。「あなたは、相変わらず、女性なら誰かれかまわず口説こうとするんですね、父上?」
「わたしがとんだ浮気者のように聞こえるぞ、ライ」ヤロスワフはむっとしたように言った。
「ライモンドがお世辞が上手なのは、遺伝だったんですね?」シャルロットはにっこりと笑った。「もし、ライモンドよりも先にあなたに会っていたら、いまごろどうなっていたかしら?」
「考えてみたくもありませんね」ライモンドがつぶやいた。「・・・それより、病気の方はどうですか?」
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