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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第91章

第1663回

 シャルロットは、レーベンシュタイン夫妻がかつてのチャルトルィスキー邸に住んでいることを知り、驚いた。かの女は旧チャルトルィスキー邸を訪問する勇気を振り絞るのに、少々時間を要した。
 貴族ではない、ただの音楽家と結婚したユーリアに、ヤロスワフは自分が管理している屋敷の一つを貸すことに決めた。
 アファナーシイ=ザレスキーが亡くなったあと、ヤロスワフは3つの屋敷の管理も任されることになった。アファナーシイの屋敷と、アファナーシイの孫の結婚相手が相続していた<旧チャルトルィスキー邸>二つだ。ひとつは<別荘>のようなものだから別としても、ヤロスワフにはもちろん3つも体はない。彼は自宅にとどまり(チャルトルィスキー家の別荘も管理し)、残り二つの屋敷のうち一つを息子のライモンドに、もう一つをユーリアに任せようと思ったのである。
 ユーリアには、アファナーシイとヴィトールドの思い出のあるザレスキー邸を選ぶことはできなかった。そのため、かの女は自分には分不相応な屋敷を借りることになった。そのとき、かの女は自分たちがシャルロット=ザレスカ夫人のような財産を持っていないので、シャルロットが維持してきたように屋敷を切り盛りすることはできない。大部分の使用人を解雇することになる。その人選を、使用人の中心人物である執事のユリアンスキーに任せ、必要以上の人間を屋敷に置かないことにしたのである。ユリアンスキーは責任を取って自分もやめようとしたのだが、レーベンシュタイン夫妻は屋敷が十分に機能するまではここにいてほしいと引き留めた。せめて、ザレスキー夫妻がポーランドに戻ってくるまで、ここを守ってほしいと。ユリアンスキーはそれに従った。ところが、ザレスキー夫妻はスイスで亡くなった。屋敷も少人数ながらも機能していた。ユリアンスキーは、レーベンシュタイン夫妻に屋敷を去ることを告げようとしていた。あとはタイミングの問題だと思っていた。そんなとき、スイスからライモンドが戻ってきたことを彼は知った。話をするならこのタイミングしかない、とユリアンスキーは覚悟を決めていた。問題は、いつ、辞意を告げるかだけだった。
 2月の終わりになって、シャルロットは一人でレーベンシュタイン家を訪問した。レーベンシュタイン夫妻の事情を知ったあとだったので、できるだけ正式な訪問ではない、普通の気軽な訪問を装うため、かの女は家庭教師風の服装でレーベンシュタイン家を訪れたのである。
 それでも、門番は丁重にシャルロットを玄関まで案内した。彼は、シャルロットを見て、かつてのナターリア=チャルトルィスカ公爵夫人を思い出したのである。公爵夫人にそっくりな、上品な女性が現れたとき、門番の選択肢は限られていた。彼は、昔女主人にそうしたようにシャルロットを扱うことにためらいを感じなかった。たとえ、その女性がどんな服装をしていようと、彼には関係なかった。古くからチャルトルィスキー家で働いてきたという矜恃が、彼にそれ以外の態度を取ることを許さなかった。
 玄関を開けたエドゥワルド=ユリアンスキーも同様だった。しかし、彼の場合は少し違っていた。彼は、シャルロットが一言言葉を発したとき、かの女が誰なのかに気づいたからだ。
「はじめまして。クリスティアーナ=コヴァルスカと申します」シャルロットは丁寧なポーランド語で言った。「マリア=テレージアさまに取り次いでいただけますか?」
 ユリアンスキーは真っ青になった。しかし、彼は懸命の努力でその表情を崩さなかった。
 一瞬おいて、シャルロットも執事の正体を見抜いた。もはや少年ではない彼を一目見て、エドゥワルド=ユリアンスキーだと気がついたのである。シャルロットは、声が震えないように気をつけながら言った。
「・・・お留守なんですか?」
 ユリアンスキーの方は、もはや自分の動揺を隠すことはできなかった。彼はかすれた声で言った。
「ご案内します。こちらです」
 彼は先に立ちながら足の震えを隠すため、ゆっくりと歩いた。何度振り返ろうと思っただろう。振り返ってこう言いたかった。
『おかえりなさい、シャルロットお嬢さま』・・・しかし、その言葉を何度胸の中で繰り返しても、それを言ってはいけないことは彼も承知していた。何らかの事情で、シャルロット=ザレスカという女性はこの世に存在しない。これまでもかの女は何度も命を狙われてきた。スイスで火事に巻き込まれて亡くなったと聞いたが、あれもきっと何かの陰謀だったに違いない。そうでなければ、今、かの女はシャルロット=ザレスカとして自分の前に立っているはずだからだ。何度もかの女を守ろうとしていた自分にさえ本当のことを話せないとすれば、かなり深刻な事態のはずだ。なぜならば、かの女は自分が誰かに気づいていることは明らかだったからだ。自分の感情を抑えようとしているかの女を、彼は少年の頃から見てきた。その彼を欺くことはできないと、かの女だって知っているはずだ。
「ユリアンスキーさん」二人の後ろから、女の子の声がした。ほとんど同時に、女の子はシャルロットを追い抜いて、ユリアンスキーに後ろから抱きついていた。
「・・・ユリアンスキーさん、どうかしたの?」マリア=テレージアは、不思議そうに彼を見上げた。
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