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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第91章

第1670回

 はたして、ボレスワフスキーはその説明で納得しかけていた。彼とシャルロットは、確かにスイスで会った。その前にフランスで会っているが、もともとスイス出身だと言われれば、そうなのだろうと思える。左手の薬指に指輪をはめていたから、間違いなく既婚者だろう。詳しいことはあとで聞くとしても、かの女の名前はわかった。だが、スイスで会ったとき、クリスティアーナと名乗ったかどうか、記憶にない。違う名前を聞いたような気がしたが、記憶違いだろう。
 ユーリアは、まっさきにシャルロットをボレスワフスキーのところに連れて行った。
「クリーシャ、わたしの大切な弟を紹介するわ。彼は、タデウシ・・・」言いかけたとき、ユーリアはボレスワフスキーの表情に気がついた。「・・・あら、あなたたち、初対面じゃなかったのね?」
 シャルロットとボレスワフスキーはほとんど同時にうなずいた。
「わたしたちは、スイスで会ったことがあるんです。そのとき、彼は、コンクールを終えてポーランドに帰るところでした。彼は、いつかポーランドに来てほしいと言ってくださいました。そして、そのときには、得意のチャイコフスキーを演奏してくださると」
 ユーリアは唖然とした。かの女が知っているタデウシ=ボレスワフスキーという人間は、口数の少ない人間だった。特に、若い女性に対して『ぼくのチャイコフスキーの演奏を聴いてください』などと軽々しく口にしないような人間だと思っていた。クリモヴィッチ家に何人かの少年がいたが、その中でも彼は一番晩婚だろうとユーリアは考えていたものだ。かの女は、彼の結婚後ボレスワフスカ夫人とも姉妹のようにつきあっていたが、イレーナ=ボレスワフスカも物静かな女性だった。イレーナがタデウシに猛烈なアタックをするとはとても思えなかったので、たぶんタデウシのほうがかの女を口説き落としたのだろうが、それでもユーリアは彼が大胆なプロポーズをしたとはとても信じられなかったものだ。ボレスワフスキー夫妻はお似合いの夫婦だった。二人の間に子どもはなかったが、二人はとても愛し合っているように見えた。つい、先日までは・・・。ボレスワフスカ夫人は肺炎をこじらせて亡くなった。ほんの一月ほど前のことだ。もしかすると、彼がカフェにやってきたのは、あれ以来初めてだったのではないだろうか。ユーリアは彼の妻が亡くなったときも、そのあとも何度か会っている。いまさらお悔やみの挨拶をするまでもないくらい頻繁に。彼らはずっと姉弟のように育ち、今もそういう関係を保っていた。
 ボレスワフスキーは、その言葉を聞くと、もう一度顔を赤らめた。そういうときの彼は、昔のおとなしい少年を思わせた。きれいな女の子の前で恥ずかしがっている少年のような態度を見ると、彼が大人の男性だということを忘れそうになる。
 シャルロットはさらにこう続けた。「・・・それなのに、今日再会してみたら、そんな約束をしたことをすっかり忘れておいでなの。ねえ、ユーリ。あなたの弟さんって、どんな女性にも甘い言葉をかける方なの?」
「きれいな女性を見て、舞い上がってしまっただけだと思いますよ」隣に座っていた人の良さそうな男性が代わりに答えた。「おそらく、自分が何を口走ったかわからないくらい緊張していたんでしょうね」
 そう言うと、彼はにっこりして言った。「自己紹介させてください。わたしは音楽評論家のアンジェイ=カントロフスキーと申します。あの口が悪いやつは同業者のジグムント=ロヴィツキ。タデウシの友人です。どういう経緯で知り合ったかと申しますと・・・」
 ユーリアは、カントロフスキーに釘を刺した。「わたしの友人にちょっかいを出すことは許さないわ。このひとは、貞淑なひとですからね、あなたとは違ってね」
 カントロフスキーは笑った。「ひどいな。わたしがとんだ女たらしみたいに聞こえるじゃないか」
 シャルロットはカントロフスキーに頭を下げながら、彼を一瞥した。確かにこの男性は女性にちやほやされるような雰囲気を持っている。かの女の好みのタイプではないが、たいていの女性なら彼のような男性に声をかけられたら<舞い上がってしま>うだろう。この男性と肩を並べるくらいハンサムなのは、さっきピアノの前にいた長髪の男性くらいだ。こんなに容姿に恵まれた男性は、音楽評論家ではなく、俳優になった方がいいくらいだろう。
 ロヴィツキと呼ばれた男性もシャルロットに会釈した。シャルロットも挨拶を返した。
「それから、この3人組は、ロジェスキー兄弟よ。ピアノトリオを結成しているの」ユーリアは、シャルロットを引っ張って案内し始めた。ユーリアはまず音楽家たちを紹介して回った。シャルロットは、最初に会話した二人連れがこの場からいなくなっていることに気づいた。たぶん、作曲家だったのだろう。名前くらいは聞いておくんだった。
 それから、ユーリアは離れたテーブルで話し込んでいた3人組の前に出た。3人は、ユーリアとシャルロットが近づいたので二人の方を見た。シャルロットは、その中の一人に見覚えがあることに気づいた。
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