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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第92章

第1674回

 その翌日、シャルロットとユーリアは、ルドヴィーク=レーベンシュタインに同伴されて<カフェ=グラフィート>にやってきた。
 夜8時過ぎだったので、その場にいる人たちのほとんどがすでにアルコールを口にしていた。普段はあまりアルコールをたしなまないルドヴィークは、ユーリアの送り迎えをしても自分自身が中に入ることはあまりない。この日、彼が一緒に中に入ったのは、初日に、リーベルマン夫人がシャルロットのほおをたたくというハプニングがあったと聞いたからだ。リーベルマン夫人は、ザレスキー夫人としてのシャルロットを知っている一人だ。何か騒ぎが起こっては困る。
 ルドヴィークが危惧したとおり、この日の客には音楽家が少なかった。ベルク博士を中心とした小説家サークルが集合する日の一つだったらしい。テーブルにはいくつかの本が載せられており、人々は熱心に何かを話し合っている風だった。
 彼らがやってきたのに最初に気づいたのは、リーベルマン夫人だった。かの女は夫に何かを耳打ちした。振り返ったリーベルマン氏は、立ち上がると彼らの前に進み出た。彼は、ルドヴィーク、ユーリアの順で視線を移した。そして、挨拶をしようと口を開きかけたとき、ユーリアの隣に立っていたシャルロットと視線が合った。何秒かの間、彼の口は開いたままだった。
 ルドヴィークは咳払いした。それで、アダム=リーベルマンははっとして口をつぐんだ。
「その・・・すまない」リーベルマンが言った。「お嬢さん、以前どこかでお会いしたことはなかったかな?」
 シャルロットは優しい笑みを浮かべた。「もしかすると、ローザンヌで、でしょうか?」
 それ以外に、二人が出会う可能性はない。
「わたし、<お嬢さん>じゃないんですよ」シャルロットが言った。
 彼は仕方なさそうに笑った。「それはよかった。こんなに美しい女性が独身だったら、世の中の男性はほぼ全員が困ってしまうんじゃないかしら」
 ルドヴィークはむっとしたように言った。「既婚者でも、ちょっかいを出してもらっては困る。かの女も、かの女の夫も、わたしの大事な友人だからな」
「了解」リーベルマンはそう言うと、ルドヴィークに言った。「それでは、すまないが、この女性を紹介してもらえないだろうか?」
 ルドヴィークは、略式の紹介をした。「クリーシャ、彼は、アダム=リーベルマン。小説家だ。アダム、かの女は、わたしの古い友人がスイスから最近連れ帰った女性で、クリスティアーナ=コヴァルスカだ。フランスで勉強して、ピアニスト志望だったこともある。なかなかの腕前だ。かの女が、来年開催されることが決まっているショパン=コンクールに出場したら、きっと一位を取るに違いない。そう思わないか?」最後の言葉は、自分の妻に向かって話しかけた。
「エントリーすることすらできませんわ」シャルロットはにっこりとして答えた。「そもそも、わたしを推薦してくださるという知り合いがいないんですもの」
「もしいれば、エントリーする気はあるのか?」マスターがおもしろそうに口をはさんだ。「何だったら、一ダースくらい紹介してもいいぞ。ここに来る連中で、音楽院関係者は、そのくらいはいるんじゃないかな」
 シャルロットは、「遠慮しておきます」と言いながらリーベルマンに握手を求めた。
「クリスティアーナ」リーベルマンが言った。「あなたにふさわしい美しい名だ」
「ありふれた名前ですわ」シャルロットはそう言ってにっこりした。「・・・<以前どこかでお会いしたことはなかったかな?>なんて、陳腐なことをおっしゃるなんて。もし、あなたが小説家だと知らなかったら、わたしを口説こうとしたのかと思うところだわ」
 リーベルマンは赤くなった。
「ありえませんよね。あんなにきれいな奥さまがいらっしゃるんですもの」シャルロットはそう言うと、リーベルマン夫人に会釈した。
 エヴァは、シャルロットを自分のテーブルに手招きした。
 シャルロットは、小説家たちのテーブルに着いた。ルドヴィークとユーリアは、カウンター席に座った。黙ってシャルロットを監視することを選んだのである。
「小説はお好き?」エヴァはそう訊ねた。
「読むのは好きです」シャルロットはそう答えた。
「好きな作家は?」エヴァは訊ねた。その質問は、シャルロットが本当に読書好きかどうか探るためであった。
「そうね・・・一人だけあげるとしたら、カミーユ=ブールドンでしょうか」
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