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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第92章

第1675回

「カミーユ=ブールドン?」エヴァは首をかしげ、聞き返した。そして、かの女は周りを見て、『知っている』という表情をした人間を探した。しかし、フランス文学が専門だというユーゼフ=ベルクでさえ、きょとんとした表情をしている。
 一同を代表して、リーベルマンが訊ねた。
「それは、男性の名? それとも女性の名? もしかして、あなたのペンネーム、だなんて言わないでしょうね?」
 それを聞くと、シャルロットは目を輝かせた。
「わたしがカミーユ=ブールドン? 光栄だわ!」
 その表情を見た人たちが思わずどきどきしてしまうような笑みを浮かべたシャルロットに、その場で唯一の女性だったエヴァは顔をしかめて言った。
「それは、さぞかし美しい作家だったんでしょうね?」
 シャルロットはまじめな顔で答えた。「カミーユ=ブールドンは、男性作家です」
 そう言って一同を見たあと、シャルロットは続けた。「若死にした作家でした。亡くなったとき、21歳だったんです。彼は、たった2つしか作品を残していません。彼は、1850年生まれで、フランスで言うナポレオン三世の時代を生きました。最初の小説が書かれたのは1868年で、ナポレオン三世とその時代を風刺して書かれたものでした。言い換えれば、反戦・反体制側の小説でした。でも、彼はだめなものはだめだと書くことができなかったんです。作品は、遙か未来の、宇宙での出来事として書かれました。タイトルは<嵐の前の静けさ>です」
「要するに、SF小説だったわけだ」誰かが言った。
 シャルロットは首を振った。「いいえ。作品を実際に読んでみればわかると思うんですが、とても難解な不思議な小説です。宇宙での出来事を書くつもりがなかったことは、ちょっと読めばわかります。不思議な作品・・・その作品を読んだものに、謎めいた印象を残す作品・・・そして、彼の小説は読まれるものではなく、謎解きの対象になってしまったのです。考えてみれば、気の毒な話ですよね?」
「・・・で、あなたも、謎解きに挑戦した・・・?」ベルクが訊ねた。
「ええ」シャルロットはうなずいた。「でも、その話を始めると長くなってしまうので、今はやめておきますね。わたし、その謎解きに関係する論文を書いたんです、グルノーブル大学で・・・」
 そう言うと、シャルロットは内心で『しまった!』と叫んで、口をつぐんだ。
「そうだ、思いだした!」
 そのとき、隣のテーブルにいたボレスワフスキーは、大きな声を出して振り返った。
 シャルロットは、『助かった!』と思った。かの女は、わざと、大げさに、驚いたような顔をした。これで、自分が話をやめたのはボレスワフスキーの声に驚いたからだと思ってくれればいいのだが、とかの女は願った。
 案の定、そのテーブルにいた人たちは、そのときには何も気づかなかった。シャルロットが唐突に話をやめたのは、ボレスワフスキーが遮ったからだと思ったのである。彼らは、シャルロットが<グルノーブル>と言ったのを聞き逃した。あまりにも小さな声だったからだ。だが、隣のテーブルにいたボレスワフスキーは、彼らよりは耳がよかったので、シャルロットの言葉を一言も漏らさずに聞いてしまった。
 彼は、<グルノーブル>という言葉を聞いて、シャルロットと出会ったときのことをはっきりと思い出したのだ。彼は、今までに二度グルノーブルを訪れている。一度は、彼の友人がコンクールに出たときに付き添った。もう一度は、彼自身がコンクールに出場した。彼がかの女に会ったのは、二回ともコンクールに関係がある思い出だった!
「やっとわかったよ!」ボレスワフスキーは急に立ち上がった。そして、彼はうれしそうな表情を浮かべ、シャルロットに言った。「あなたは、あのとき、レマン湖に馬に乗って現れた女性だ。わたしは、コンクールを終えてポーランドに戻ってくる途中だった。わたしがショパンは得意じゃないといったとき、あなたは、ポーランド人が皆ショパンが得意だとは限らない。ブラームスが得意なフランス人だっていると言った・・・」
 ルドヴィークはぎくりとした。「ブラームスが得意なフランス人、だって!」
「ブラームスが得意なフランス人、ですって?」ユーリアもほとんど同時に叫んだ。
 レーベンシュタイン夫妻は、全く同じ人物を連想した。その人物は、彼らにとって、もう一人の弟のような存在であった。
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