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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第92章

第1676回

 ボレスワフスキーの表情を見て、小説家たちは沸き立った。彼らは、普段は無口なボレスワフスキーを囲み、彼とシャルロットのなれそめの話を聞きだそうとした。<ブラームスが得意なフランス人>という言葉が飛び出したことで、ユーリアまでが、ボレスワフスキーの話を聞くために席を移動してしまった。
 一方、一人で残されたルドヴィークは、目の前のコーヒーカップをじっと見つめながら考え込んだ。彼が妻と同じ行動を取らなかったのは、すでにボレスワフスキーの話の内容を知っていたからだった。
 ルドヴィークを引き取って面倒を見てくれたクリモヴィッチ夫妻は、彼のほかにも身寄りのない子どもたちを育てていた。すべて男の子で、彼が最年長で、ボレスワフスキーが最年少だった。ボレスワフスキーは物静かな少年だった。ボレスワフスキーは最年長で同郷の彼よりも、フランス人のマリアーン=ブラッソンに心を許しているようだった。ブラッソンもまた、ボレスワフスキーにだけは何でも話した。そのブラッソンは、フランス人であったが何よりもブラームスの作品が得意だった。ブラッソンと一番仲がよかったボレスワフスキーにも、それが誇りだった。ブラッソンがコンクールに出ると言ったとき、自分はコンクールに出ないのにボレスワフスキーも同行した。二人はそれほど仲がよかった。
 ルドヴィークは、ボレスワフスキーの口から、彼自身がコンクールに出たときの話を聞いていた。フランスからの帰り道に、たまたま立ち寄った湖のほとりで黒い馬に乗って突然現れた<オンディーヌ>に恋をしてしまった、とうっとりとして語ったボレスワフスキーの幸せそうな横顔を、ルドヴィークはぼんやりと思い出した。彼はその少女に、いつかワルシャワで会おう。そのとき、得意なチャイコフスキーを演奏すると約束したことを話してくれた。ルドヴィークは、そのとき彼が浮かべた表情を覚えている。だから、それからあまりたたないうちに彼が別の女性をつれてやってきて、この女性と結婚したいといったのを聞いて、心底驚いたのである。
 ルドヴィークは、その女性を初めて見たとき、どこかであったことがあるような気がした。ユーリアが指摘するまでは、その女性が彼の初恋の女性とうり二つだとは気づかなかった。そう、髪の色と目の色が違うだけで、二人はそっくりだった。シャルロットに会ってみて、二人が見た目だけではなく雰囲気までまるで違うにもかかわらず、ルドヴィークはボレスワフスキーの選択をなるほどと思ったものだ。
 しかし、今ボレスワフスキーが語る思い出話は、かつて彼がルドヴィークに話した淡い恋物語ではなかった。さすがに、本人を目の前にして愛の告白をするには、ボレスワフスキーは純情すぎた。彼は、ユーリアに誘導され、兄同様に育ったマリアーン=ブラッソン---ブラームスが得意なフランス人---の話をしていた。二人の少年が、コンクールの時にシャルロットに出会ったエピソードを。
 その話を聞きながら、ルドヴィークは昔のことを思い出していた。コンクールを終えてフランスから戻ってきたマリアーン=ブラッソンは、夢見がちな少年に変わっていた。ルドヴィークは、彼が恋をしているのだと気がついた。フランスから戻ってきて、彼はルドヴィークに対して親愛の情を持って接するようになった。彼も、ルドヴィークが密かにユーリアにあこがれていることをずっと知っていたからだ。そんなルドヴィークにならわかってもらえると思ったのか、ブラッソンはフランスで<天使>に出会ったことを打ち明けた。その女性がどんなにすばらしいのかということを。彼はなぜか、そういった話を弟分のボレスワフスキーとはしなかった。当時は、ルドヴィークは彼がボレスワフスキーを子ども扱いしているからだと思っていた。ボレスワフスキーは精神的に大人になっていないので、そんな話ができる相手とは見なしていなかったからだ、と。
 だが、今のボレスワフスキーの表情を見ていると、当時ブラッソンがボレスワフスキーとその女性の話をしなかった理由がわかるような気がした。ルドヴィークは、シャルロットがつい口走った言葉を聞き、あのときブラッソンが話していた<天使>がシャルロットのことだと気づいた。悪いことに、ボレスワフスキーの表情から、ボレスワフスキー自身の初恋の女性もまたシャルロットだと気づいてしまった。そうだ、あのときブラッソンにはそれがわかっていたが、ボレスワフスキーは気づかなかった。だから、ブラッソンは、自分を相談相手にしたのだ。それだけは、何でも悩み事を相談していたボレスワフスキーには話せないことだったからだ・・・。
 ルドヴィークはコーヒーに口をつけた。
 ルドヴィークは、ボレスワフスキーの思い出話を、ぼんやりと聞いていた。そのときには、その状況を困ったものだとは思わなかった。やっかいなことになったと気づかなかった。今では、ブラッソンはフランスで活躍しているし、ボレスワフスキーはベルリンで出会った女性と結婚した。もっとも、2ヶ月前からは、やもめではあるが・・・。そして、二人にとって初恋の女性であるシャルロットにも、今はライモンドがついている。だから、彼は、二人の弟たちの初恋を過去のものだと思ったし、今の話だって、ロマンティックな昔話に過ぎないと思っていた。
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