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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第10章

第175回

「わたしは、正直言って、恐ろしいわ」クラリスが言った。
「わたしも恐いよ。だけど、逃げたくない」
「あなたは、きっと逃げ出すわ。わたしにはわかるの」
「逃げるものか」ロベールは言い返した。
 クラリスは悲しそうにほほえんだ。「なぜ、そんなに自信を持って言えるの? あなたが逃げ出したら、傷つくのはわたしなのよ」
 ロベールはほほえんだ。「逃げないよ」彼は再度言った。
「じゃ、わたしを助けてくれるのね?」
 ロベールはクラリスのそばに行って右手を優しく取った。「わたしだって苦しんでいるんだ、クラリス。もうきみと別れたくない。・・・それとも、またどこかへ行ってしまうの?」
「わたしは、いつでも旅の途中なのよ、ロベール」クラリスが言った。「わたしは、いつも待っているだけ」
「何を?」
「いつか、すてきな王子様が現われるのをね、プティ=プランス」クラリスはほほえんだ。
 プティ=プランスというのは、ロベールのあだ名であった。ずいぶん昔、彼の女性ファンがつけたあだ名だという。彼は<プティ>と呼ばれる頃からすでにピアニストであった。デビューコンサートはクラリスと同じ5歳の時だった。ただ、クラリスは自作自演して<ナンネル=モーツァルトの再来か?>と言われたのに対し、ロベールはピアニストである。クラリスは、天才少女と騒がれないうちに活動をやめた。かの女は、メランベルジェ一派から保護されて育った。が、ロンドンの天才少年は、マスコット扱いされて育った。<プティ>があだ名になるくらい、彼は小さくかわいらしい少年だったのである。もう青年になった後でも、彼は<プティ=プランス>と呼ばれていた。決して小さくはなかったのであるが。
 ロベールは、顔をくもらせた。「わたしは、きみにとって、その王子様じゃないの?」
「・・・かもしれないし、そうでないかもしれないわ・・・」
「こんなにきみを愛している人がすぐそばにいるのに、きみは遠い世界から来る人を待ち続けているんだね。クラリス、わたしは、確かに、きみにとって頼りになる王子様じゃないだろう。わたしたちの前には、二人でぶつかってもびくともしないような壁がある。でも、二人でぶつかっていくことに意味があるんだとは思わないか? わたしたちは、新しいことをしようとしている。だから、乗り越えなくちゃならないことも多いだろう。でも、二人で力を合わせれば、何とかなるんじゃないのかな? ねえ、クラリス、一緒にやってみない?」
 クラリスは下を向いた。
「・・・わたしの言っていること、わかる? 結婚して欲しいんです、クラリス」
「・・・それが、あなたの結論なの? でもね、わたしには、ぶつかっていくことに意味を見いだすことはできないの」クラリスが言った。「恐いのよ。壁の前に立つだけで足がすくんでしまいそうなの・・・」
「だから、二人でぶつかれば何とかなる、って言ってるんじゃないか」
「ロビー・・・!」クラリスは思わず叫んだ。
 かの女にはわかっていた。彼には、フランショーム一族の攻撃からかの女をかばい通してくれるほどの強さはない。たとえ、思い切りぶつかっていっても、フランショーム家という壁は、二人には厚すぎるものだった。『逃げたくない』と言っても、彼はきっと逃げ出すだろう。・・・そして、そのあとに、無力なクラリスがただ一人残されて、攻撃の的になり、傷つくのだ・・・。
 かの女は、彼が『わたしについてきなさい。どんなことがあっても、たとえわたしが死ぬようなことになっても、きみにだけは決して手出しはさせない』と言ってくれるような人ではないことを知っていた。
 しかし、かの女が待っていたのは、その言葉にほかならなかった・・・。
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