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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第10章

第177回

 クラリスは、フォンテーヌブローに戻ってきた。
 エリザベート=ド=バーンは、クラリスが心に大きな傷を負って帰ってきたことに気がついた。
 しかし、かの女は黙って見守ることを選んだ。
 ちょうど1年前も、クラリスはあんな顔をしていた。あのとき、かの女は親友を亡くしたといっていた。今度は、誰を失ったのだ?
 かの女の夫のアドルフ=ド=バーンは、クラリスに話をさせることを選んだ。話したほうが楽になる場合もある。
 クラリスが戻ってきて約1週間後、ド=バーン夫妻はクラリスを夕食に招いた。
 食事が終わったとき、ド=バーン氏が言った。
「なにか、冬らしい曲を弾いてくれない、ワンちゃん?」
 彼は、1年前の雪の日のできごとを忘れてはいなかった。彼は、あのあと、かの女を<ワンちゃん>とあだ名で呼んだ。
 クラリスは、雪が降っている様子を表現しようとした。ところが、雪には、つらい思い出しかなかった・・・。かの女の手は途中で止まった。
 かの女は、涙を拭いた。そして、別の曲を弾き始めた。
 それは、かの女があのときロベール=フランショームにあてて書いた別れの手紙であった。
 ド=バーン夫妻は、はっと胸を突かれる思いがした。
 彼らにも、クラリスが何を思っているのかがわかったのである。
 恋人に対する優しい気持ち。もどかしさ。そして、別れのつらさ・・・。
「<悲しき歌>・・・」ド=バーン氏がつぶやいた。そう、この曲には、そのタイトル以外考えられなかった。
 それを聞いたエリザベートは、クラリスのところに駆け寄って、後ろからかの女を抱きしめた。
「・・・かわいそうに・・・」エリザベートはそう言うなり、わっと泣き出した。
 クラリスは、ピアノを弾く手を止めた。これ以上続けられなかった。
「ワンちゃん・・・泣きなさい・・・そして、忘れるんです・・・」ド=バーン氏も言った。
 クラリスは下を向いた。もう、涙は出なかった。
「・・・ありがとう・・・でも、もう、大丈夫です」クラリスが夫妻に言った。「・・・今年の不運は全部使い果たしてきたんです。もう、大丈夫です・・・」
 泣いていたのは、ド=バーン夫妻の方だった。彼らには、クラリスが悲しみに耐えている姿がいじらしく見えていたのであった。
 しかし、<今年の不運は>これで全部ではなかった。
 波乱に満ちた1896年は、まだ始まったばかりであった。
 その数日後、クラリスは新聞にエドゥワール=ロジェの死が報じられているのを見た。死因は溺死。彼は2月11日の夜から2月12日の明け方にかけて酒を飲み歩き、帰り道セーヌ川に落ちたということだった。45歳だった。クラリスは、最後に彼に会ったときのことを思いだし、心が痛んだ。あの様子では、いつ、このようなことが起こっても不思議はなかった・・・。
 クラリスは、何度も何度も新聞を読み返した。そして、パリへ行こうと決心した。
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